習近平100歳までの野望――定年なし、党主席就任で目指す「皇帝の座」はいつまで?

中国2017年9月7日掲載

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 中国では今秋、5年に1度の中国共産党の党大会が開かれる。そこで68歳以上の党幹部は引退するという現行の定年ルールが見直されることになった。しかも、毛沢東の死後、廃止されていた党主席(党中央委員会主席)の復活も提案されている。

 本来なら2022年の党大会を69歳で迎えるため、2期目で引退するはずだった習近平。しかし定年がなくなれば、そのまま3期目も迎えられるし、党主席になれば、後継者を総書記に据えた後も、絶大な権力を手にしたままでいられる。だが、毛沢東が死去するまで党主席であったがために、文化大革命が引き起こされたという反省から、中国では慎重論も根強い。

 習近平は、いったい何を目指して、これほどまでに権力への執着を目指すのか。『習近平と永楽帝』著者の山本秀也氏(産経新聞編集委員兼論説委員)は、習近平の目指しているものはズバリ「皇帝」だと指摘する(以下、引用は同書より)。

「習近平が強く願うのは、単に毛沢東の思想や統治スタイルに自らの姿を重ねるだけでなく、最終的には党指導部の定年制を廃し、毛沢東と同じ『終身指導者』となることにあるのではないかと、かなりの中国人知識人が疑念を抱いています。仮にこれが実現した場合は、総書記の『皇帝化』が掛け値なしで21世紀に実現されることになってしまいます」

 決して大げさな話ではない。

 山本氏は、習近平と、ある皇帝には驚くほどの共通点が見られると言う。それは、漢民族としては最後の王朝である、明の3代目・永楽帝(1360~1424)だ。始祖・洪武帝の四男だった永楽帝と習近平は「出自のよさ」「政権奪取までの苦節」「政敵粛清」「権力を手にしてからの言論弾圧」「海外侵略」等々、同書では2人の具体的な共通点を数多く挙げている。

 たとえば「政敵粛清」。永楽帝は、甥から皇位を簒奪したのだが、この甥の側近たちを一族郎党もろとも処刑。その数、1万人に及んだという。一方の習近平も「反腐敗」を掲げ、党・警察・軍幹部らを次々と粛清した。

 さらに「言論弾圧」。帝位簒奪を非難し、即位の詔の起草を拒んだ儒学者・方孝孺の口を、永楽帝は自らの刀で引き裂いた。方孝孺の妻子、親族、弟子ら873人も処刑。一方、習近平は海外メディアや国内のサイバー空間にまで監視の目を張り巡らせ、香港の民主化運動を徹底的に弾圧。中国人初のノーベル賞受賞者であり、民主化を訴え続けて投獄された劉暁波氏が末期癌になっても出国を認めなかった。劉暁波氏は自分が言論弾圧、すなわち「文字の獄」の最後の被害者となることを願って、2017年7月に亡くなった。

 そして日本人がもっとも警戒すべきは「海外侵略」への野望だろう。

 永楽帝は、自身モンゴル遠征すること5回、鄭和を遠くアフリカ大陸まで派遣し、ベトナムにも派兵した。

 習近平政権はどうかといえば、南沙諸島の実効支配が、ハーグ常設仲裁裁判所にて全面敗訴しても、それを認めず手続きを拒絶。台湾統一にも執拗にこだわり、日本とは尖閣諸島をめぐって対立を深め、8月には紀伊半島沖に爆撃機を飛来させるなど、海外侵略の野望を隠さなくなってきている。

 こうした比較を通じて、山本氏はこう警鐘を鳴らす。

「習近平と永楽帝を比較してみて、最も通じる部分は、突出した功績を欲し続けるある種の『焦慮』です。習近平政権も功績と力を追い続ける中で、予定調和的な任期満了とは違った形を取る可能性すら筆者は予想します」 

 7月下旬、習近平は演説の中で、共産党政権誕生100年となる2049年に触れたという。96歳になる、まさかその頃まで政権を握る気なのだろうか。

 それは中国にとっても日本にとっても歓迎できるシナリオには思えないが……。

「永楽帝の治世から数えて明朝は崩壊まで200年余りも続きましたが、中国共産党による統治が現状のままならば、その中国支配がこれほど長く続くとは思わないのが普通でしょう。習近平個人に与えられた時間となると、過度の権力集中が機能して任期が延長され、あるいは最高実力者たり得たとしても、残る時間はせいぜい数年から10年少々です。なによりも、習近平が過度の権力集中を背景に進めた政策は、その不在後にはすみやかに修正されるはずです。それが歴史です」

 はやくそうあって欲しいと願うのは、他ならぬ中国人民13億人なのだろうが。

デイリー新潮編集部