統一教会の反社会的段階とリンチ事件

国内 社会

2017年05月05日

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「死ね!」と怒鳴る電話

 
 統一教会の歴史は、そのまま社会との軋轢の歴史と言える。「霊感商法」や「合同結婚式」で物議を醸した彼らは、かつて信者へのリンチ事件も起こしていた。

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 昭和30年代に韓国から日本に上陸した世界基督教統一神霊協会(統一教会)は、「原理研究会」の名で大学生相手に勧誘活動を展開。学業を放棄して教団活動に走る学生が続出し、すぐさま社会問題化した。長年、統一教会問題に取り組んできた横浜市の岩崎隆牧師は、当時をこう振り返る。

「渋谷の街頭で横断幕を掲げて演説しているのを見たのが、最初の出会い。当時はまだ特に問題を起こしていなかったが、数年後には“献身”という出家生活に入って行方不明になる学生が続出し、“親泣かせの原理運動”という言葉が生まれました。先祖の因縁をネタに脅して壺などを売りつける霊感商法が始まったのは昭和60年前後。私が被害相談を受けるようになったのは、ちょうどその頃です」

 最初の相談は、大学生の息子が入信し、大学に行かなくなったと嘆く親からだった。献金と称して1億円を教団に取られたと訴える女性からの相談も受けた。

「統一教会側の人間と会って話し合ったこともありましたが、聖書をどう解釈したら霊感商法や合同結婚式になるのかと問いただしても、“話すと長くなる”などと答えるばかりで全く議論にならない。しかし信者本人に教義の矛盾を説明すれば、脱会を促すことはできました。そうこうするうちに、無言電話が頻繁にかかってきたり、車に爆竹を投げつけられたりするようになったのです」(同)

 事務所に“家族を心配しろ。我々は神出鬼没”などと書かれた脅迫状が送りつけられたこともあった。よく見ると、うっすらと住所が印字されていた。差出人が別の葉書と重ねて置いたためインクが移ってしまったのだろう。

「調べてみると、彼らの教会の住所でした。牧師仲間の中には、カミソリ入りの封書が送られてきて、手を切ってしまったという人もいましたよ」(同)

 同じ頃、信者として活動していたAさんは、リンチを受けた体験を打ち明ける。

「大学浪人時代に入信したのですが、親が連れてきたキリスト教の牧師から脱会説得を受けました。私は教団で指導されていた通りに“脱会する”とウソをついたのですが、友人の信者が教団に、私が本当に脱会したと報告してしまったのです。私は、繁華街で勧誘活動をしている仲間たちのところへ行って釈明しようとしたのですが、その場で路地裏にひきずりこまれ、取り囲まれて暴行を受けました。この頃から、夜中、家に無言電話や“死ね!”と怒鳴る電話がかかってくるようになったのです」

 ここでAさんが思い出したのが、教団での“トレーニング”だった。合宿セミナーで空手のような武術の練習をさせられた。見覚えのない電話番号のリストを渡されて、「公衆電話で電話をかけ、相手が出たらすぐ切る」という“実習”を命じられたこともあった。

「私自身、知らないうちに批判者や裏切り者へのリンチの練習と、嫌がらせ電話の実行役をさせられていたんです」(同)

 こうした過激な活動は、昭和の終わりがピークだったという。社会からの批判が強まるにつれ、表向き、暴力沙汰や犯罪行為は減少したのだ。しかし、自称メシアの文鮮明教祖が没した後も、霊感商法や偽装勧誘は依然として続いている。

(統一教会は「(リンチ事件などについては)承知しておりません。いわゆる『霊感商法』も『偽装勧誘』も行っておりません」と回答)

特集「雨後の筍『新興宗教』裏面史」より

週刊新潮 3000号記念別冊「黄金の昭和」探訪掲載