エヴァネクタイで暴言「今村復興大臣」が言うべきだった“殺し文句”

ビジネス2017年4月14日掲載

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孫正義と田中角栄の“殺し文句”

「うるさい」「出ていきなさい!」

 なぜかエヴァンゲリオンのネクタイを締めて記者会見に臨んだ今村雅弘復興大臣が、東京電力福島第一原発事故による自主避難者への対応について質問した男性記者に向かって冒頭のような暴言を吐き、世間を呆れさせたことは記憶に新しい。

 大臣への同情論もないわけではない。質問者が無礼だ、テレビは会見の一部を切り取っている云々。

 しかし、いくら感情的になったとはいえ、自分の首を絞めるようなセリフをいとも簡単に口にしてしまう今村大臣がウカツだったことは間違いない。そこで大臣に、自身を殺す言葉ではなく、人を動かす“殺し文句”をご紹介したい。

 古今東西、歴史に名を遺す偉人というのは、往々にして心に残る名台詞を残している。『ザ・殺し文句』(川上徹也・著)に登場する彼らもまた、必殺の“殺し文句”で、他人を思うがままに動かしてきた人たちだ(以下、同書より引用、抜粋)。

■田中角栄「日本に帰ったら殺されるかもという決死の覚悟で来たんだ」

 この“殺し文句”は、田中角栄が首相だった当時、日中国交正常化交渉で北京に行った時に、当時の中華人民共和国の首相周恩来に言ったとされている言葉だ。

 日中国交正常化という難題を解決するため中国に赴いた田中だが、思うように交渉が進まない。交渉相手のトップの周恩来のあまりに頑なな態度に、田中は思わず声を荒らげ、冒頭の殺し文句を口にする。

「私が飛んできたということは、仲良くしようとする表れじゃないか。だから、わたしは、こうして北京ヘやってきた。あなたが東京へこられたのではなく、わたしが、やってきたんだ。日本に帰ったら殺されるかもという決死の覚悟で来たんだ」

 この迫力には、さすがの周も小さくうなずくしかなかった。中国側の空気が変わったと見た田中は、さらに言葉を畳みかける。

「わたしも戦争中、陸軍二等兵として満州に来ました。いろいろご迷惑をおかけしたかもしれません。しかし、わたしの鉄砲は北(ソ連)を向いていましたよ」

 当時中ソ関係が冷えきっていたことを踏まえたこのジョークには、周首相はじめ中国側も思わず笑ってしまったという。そして最後にこう告げた。

「もしあなたと話がつかなかったら、日中関係は向こう何十年も救えません。言葉の揚げ足をとるのではなく、本題の議論をしましょう」

 こうして会談は具体的な項目についての交渉に移ったのである。

■孫正義「ガソリンかぶって火をつけて死にます」

 政治家ではないが、ソフトバンク創業者・孫正義が発したこの“殺し文句”も紹介したい。2001年6月「ヤフーBB」ブランドをもってブロードバンド事業に参入することを発表。しかしそこには、通信業界の巨人NTTという大きな壁があった。NTTの妨害で自社のヤフーBBの工事が上手く進まないと考えた孫は、同年6月29日、総務省に乗り込んだが、総務省の役人たちには、のれんに腕押し。話は聞くが具体的に何の行動も起こしません。そこで孫は担当課長に以下の殺し文句を発動。

「100円ライターぐらい持っとるでしょ、それ借りますから」

「どういう意味ですか?」

「ガソリンかぶるんですよ。この状況が続くなら、僕にとっては事業が終わりだから、もうヤフーBBをやめると記者会見する。その帰りにここへ戻ってきて、ガソリンかぶって火をつけて死にます」

 孫の本気度に震え上がった担当課長は、「何をすればいいんですか?」と言わざるを得なかったという。

 言葉は一度口にしてしまえば、二度と取り消すことは出来ない。決死の覚悟で発する“殺し文句”ではなく、安易な言葉で自殺点を挙げてしまった大臣は、所詮タダの人なのだろう。

デイリー新潮編集部