「松山英樹」絶好調の陰で…恩師が連盟要職をクビに

スポーツ週刊新潮 2017年3月16日号掲載

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松山英樹

 親バカという誹(そし)りは、時に血の繋がりがない師弟愛にも向けられる。今をときめく松山英樹をはじめ、谷原秀人、池田勇太ら数々のゴルフプレイヤーを育てた恩師が、連盟要職を事実上クビになっていた。そのウラには、我が子可愛さというべきか、ポスト松山と呼ばれる選手の存在があって……。

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 2月26日付のゴルフ男子世界ランキングで、自己ベストの4位に浮上したのが松山英樹だ。日本選手としては、1987年に中嶋常幸が記録した最高位に並ぶ、歴史的快挙なのである。

 だが、松山の恩師である東北福祉大ゴルフ部・阿部靖彦監督にとって、この偉業は手放しで喜べるものではない。学生ゴルフ界では今、阿部監督が主人公となった騒動が勃発しているという。

 松山の“快挙”から遡ること約2週間の2月8日、関東学生ゴルフ連盟の臨時理事会で、中島敬夫会長と専任理事だった阿部監督の、任期半ばの辞任が了承されていたのだ。

 スポーツジャーナリストの小川朗氏が言う。

「要職にあった2人の辞任は、連盟所属の他大監督たちの反発があってのことです。最終的には、理事たちの報告を聞いた松本富夫名誉会長が、中島会長に対してケジメをつけた方がいいのではないかと厳しく告げたことで、辞めざるをえなくなったのです」

 事の発端は、昨年8月に開催された第64回関東学生ゴルフ選手権だった。

「優勝したのは阿部監督率いる東北福祉大の小西健太という選手ですが、大会に無資格で出場していたことが発覚したのです」(同)

 通常、この大会には前年度の文部科学大臣杯、会長杯の優勝者や、他の指定された大会で上位の成績を残した学生のみが参加できる。

 ところが、小西はいずれの資格も有していない上に、優勝してしまったことで上位3位以内の入賞者に授与される他試合の出場権も獲得していた。結果、小西が出場していなければ、6名の選手が幾つかの試合に出られていたかもしれないことが問題視されたのだ。

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