「タリウム女子」は法廷で「検事も弁護人も殺したい」 大メディアの「19歳殺人鬼」顔・実名隠しに何の意味があるのか

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「殺人願望」に囚われて老女を手にかけた元名古屋大生・大内万里亜(21)は、高校時代、同級生らに実験を施して“観察日記”を綴っていた。あまつさえ、逮捕後は法曹にも目を向けて……。少年法に手厚く保護された、身の毛もよだつ“匿名公判”の実録をお届けする。

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 あらためて一連の事件を振り返ると──名大理学部1年生だった大内は、2014年12月7日、自宅アパートで顔見知りの森外茂子(ともこ)さん(77)=当時=を殺害。同じ日、ツイッターで「ついにやった」とつぶやき、「少年は偉い。少年法マンセー!!」との投稿をリツイートしていた。

「直後、大内は郷里の仙台に帰省。年が明けて1月27日に緊急逮捕されました」

 とは、全国紙デスク。

「15年2月中旬、名古屋地検が3カ月間の精神鑑定を実施。5月には、12年の高校2年時、同級生2人に硫酸タリウムを飲ませた殺人未遂容疑で再逮捕されます。地検から家裁に送致されると、今度は家裁が独自で再鑑定を実施。9月下旬に地検に逆送致され、10月には6件の罪で起訴されたのです」

 1月16日、名古屋地裁にて初公判。19日の第2回公判では、手斧で襲われた森さんとの間で交わされた、

〈私を殺すつもりなの〉〈はい〉〈どうして〉〈人を殺してみたかった〉

 といった生々しいやり取りが明かされ、大内が、

〈まだ人を殺したいという考えが浮かんでくる〉

 そう述べたことは、本誌(「週刊新潮」)2月16日号でも報じた通りである。

 本誌は、犯行当時19歳だった大内が逮捕された2年前、実名と顔写真を掲載した。事件の残虐性と重大性に鑑み、年齢も勘案した上での判断だったが、公判でも反省や謝罪の念は窺えず。一方で少年法の「趣旨」を踏まえたかのような言動は、度々見受けられるのだ。

 その“異常法廷”で傍聴を続ける記者によれば、

「14年暮れに帰省した大内は、仙台で放火未遂事件を起こしています。1月30日の第5回公判では、放火の前日『最後の晩餐』のつもりで、殺人を打ち明けた妹とウイスキー1本を飲み干したと振り返っていました」

 そして、審理がタリウム殺人未遂事件に移ると、恐ろしい事実が次々と明るみに出てきたのだった──。

 2月9日、第10回公判に証人として出廷した被害男性は、教室でペットボトルにタリウムを混ぜられ、2度にわたって飲まされた結果、著しく視力が低下。宣誓書を読む際にはこう述べた。

〈裸眼で資料を読むのが困難なので、拡大読書器を使い、目を近づけて文字を5倍にして読んでいます。裁判官と裁判員の人の顔の輪郭もわかりません〉

 事件の起きた12年について検察側が尋ねると、

〈高2の時、(大内と)隣の席になった。教室に謎の粉末を持ってきて、クラスメイトに舐めさせていた。5月下旬にタリウムを飲まされ、2週間後の朝、枕に抜けた髪の毛がびっしりついていた。7月には学校に戻ったが、太ももやふくらはぎが痛み、視力も0・01〜0・02に落ち、10月から3カ月間、入院した〉

 男性はそう述べ、

〈現在も足に違和感があり、片足で踏ん張ることができずバランスが取れない。目標や夢を台無しにされ、一生刑務所で償ってほしい〉

 大内からの謝罪はないといい、対して弁護側は、

〈本人(大内)が謝罪の言葉をきちんと述べられる状態にない〉

 と、陳謝するばかり。続いて被告人質問が行われ、

〈初めて被害者の考えを知りました。早く反省しなきゃいけないという気持ちはあるのですが、なかなか心がついてこないというか、反省という言葉がちょっとピンとこない状態でもどかしい気持ちです〉

 大内はそう言い放ち、薬品に興味を持ち始めたのは高1の冬頃としつつ、購入品を問われると即答した。

〈水酸化ナトリウム、硫酸銅、メタノール、硫酸タリウム、亜硝酸ナトリウム、あと酢酸鉛と水銀です〉

 その用途については、

〈コレクション半分、人に投与したい気持ちが半分でした〉

〈硫酸銅は自分で舐めたり、妹やクラスメイトに舐めさせました〉

 とりわけ硫酸タリウムについては、05年に静岡で起きた16歳少女による母親毒殺未遂事件を知って興味を持ったといい、

〈科学の知識を使ってそういう事件を起こしたところが興味深かったです〉

 と、就活中の学生さながら、よどみなく語るのだった。タリウム購入は12年5月20日。手にした時は、

〈とても感動しました。うっとりするというか、持っているだけでテンションが上がる感じでした〉

 嬉しそうに振り返り、1週間後の5月27日には、

〈どうしても人に投与したくなって〉小中学校時代の親友だった女性を〈転校することになったと嘘をついて〉カラオケ店に誘い出し、〈湿ったストローに付着させて、ドリンクの中に混ぜて投与しました〉〈体積と密度から計算して〉0・8グラムほどを入れたというのだ。

 その後、彼女を“観察”すべく、メールで症状を聞き出し、〈実験ノートを作ってみたかったから〉〈方眼ノートに記録しました〉と、見舞いにも訪れている。

 2月2日の第6回公判では、この親友の供述調書が読み上げられた。

〈友達と思っていたのは私だけだった。人間のすることではない〉

〈平気な顔で見舞いに来て、どんな気持ちだったのか〉

 仙台市に住む女性の母親が言う。

「娘はもう普通の生活に戻っています。出廷しなかったのは、関わりたくないというのもありました……」

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