高木豊、札幌すすきのでガールズバー経営 “ネオン街コーチ術”を明かす

野球週刊新潮 2016年12月29日・2017年1月5日新年特大号掲載

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「往年の名選手」が水商売に手を出したと聞けば、頭を過(よぎ)るのは転落や困窮といった言葉である。だが、横浜大洋ホエールズの「スーパーカートリオ」で鳴らした高木豊氏(58)に、そんな悲愴感は皆無。札幌が誇るネオン街にガールズバーを構え、その「コーチ術」で黒字経営に導いていたのだ。

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 忘年会シーズン真っ只中の12月15日――。

 前夜からの大雪にもかかわらず「すすきの」は、大勢の酔客で溢れ返っていた。そんな歓楽街の雑居ビルにあるのが、高木氏が経営する「Second」だ。店名を聞いて、「二塁手(セカンド)」として活躍した、彼の現役時代を思い出す野球ファンも少なくなかろう

高木オーナー(左)と店長

 6席ほどのカウンターにボックスシートが3つ。20〜30代の女の子が客を出迎える、いかにもなガールズバーだ。1セット1時間で2500円と、地元の相場に照らして価格は良心的。そのせいか、午後9時を過ぎた頃から常連客が続々と来店し、まもなく満席となった。

 それにしても、俊足好守の「ミートの名手」は、なぜこの店を始めたのか。

 女の子に交じって笑顔で接客をこなし、ファンとの記念撮影にも気さくに応じる、高木氏ご本人に尋ねると、

「これまでは解説や講演の仕事がメインでしたが、いつか飲食店を出したいと考えていたんです。もちろん、生活を安定させることも考慮してね。ただ、それ以上に野球ファンと触れ合う機会を作りたかった。それで、16年6月に店をオープンさせました。中大の後輩の阿部慎之助に、中田翔や森福允彦(まさひこ)なんかも顔を出してくれます」

 ちなみに、すすきので店を開いた理由については、

「たまたま、すすきので何軒も飲食店を手掛けている経営者と出会ったのがきっかけです。僕は子供の頃に帯広に住んでいて、現役の最後は日本ハムファイターズだから北海道に縁もある。それに、失敗しても東京で勝負するよりは痛手が少ないだろう、と」

 とはいえ、朴訥なイメージの高木氏が、新たな勝負の舞台に「夜の店」を選んだのは少々意外である。

「まぁ、こういうお店が嫌いじゃないのは事実です。ただ、いまは組織を動かすことが楽しい。僕が球団オーナーだとすれば、店長の女の子はさしずめ監督で、副店長はヘッドコーチ。チームを仕切る人間がしっかりしないと現場の選手は動きませんから、特に店長には厳しく接しました」

■女の子に「代打」

ユニフォームも展示

 そこは息子3人をJリーガーに育て上げたことでも知られる高木氏である。

「高木さんのことはアートネイチャーのCMで知っていたくらいでしたね」

 と苦笑する店長にもスパルタ教育を施した。

「あえて店長以外の女の子だけを食事に誘って店に対する愚痴を聞きました。当然、店長は不安になる。それを何度か続け、最後に店長を交えて改善点を話し合った時には、彼女は涙を流していました。でも、孤独に耐えて決断を下すのが“監督”の務めですから。いまは立派に役割をこなしています。お客さんとの相性を考えて、女の子に“代打”を送ったりね」(高木氏)

 東京在住ながら、札幌にアパートを借りて経営に打ち込んだ結果、店は黒字続き。12月には西麻布に2号店までオープンさせた。

 アテネ五輪で日本代表チームを指導した高木氏だが、その手腕はすすきのでも遺憾なく発揮されていた。

ワイド特集「夜明けの鶏(チキン)レース」より