九重親方が受けた“四次元”治療、客観的根拠なし ビジネス化した「がん医療」に惑わされないために

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■がん難民にならないための「セカンド・オピニオン」(3)

「患者さんの幸福度が、医療の進歩に比例して高まっていない」。がんのセカンド・オピニオン外来を主とする「東京オンコロジークリニック」代表の大場大氏(44)が説くのは、高度化したがん医療の選択に際しての心構えである。

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高度化したがん医療の選択に際しての心構えとは

「◎◎クリニックに免疫療法について問い合わせたら、“いますぐ治療しないと大変なことになる。すぐに500万円を用意してください”と言われました。背に腹は代えられないけど、そんな額はすぐに用意できないし。信用してよいものなのでしょうか」

 以前、患者さんの家族からこんな悲愴な相談を受けたことがあります。

 そのうえ、このような話もありました。

「大腸がんが肝臓に転移してしまった。抗がん剤をどうしても受けたくないので、とあるクリニックでオプジーボと併用して活性化リンパ球療法、樹状細胞ワクチン療法を受けましたが全く効かなかった。次に粒子線を当てましたが再発してしまいました。1000万円近くかかったのですが、これからどうしたらよいでしょうか」

 何かと話題の免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボは、特定の遺伝子変化をもつケース以外、通常の大腸がんには効果は期待できません。この患者さんは、最初から手術を受けていれば治癒が目指せていたにもかかわらず、根拠の乏しい治療を選び続けたことで、後戻りのきかない悲惨な状況になってしまいました。

 専門的ながん診療のバックグラウンドのないクリニックでの免疫治療。あたかも魔法の杖のように吹聴される民間病院の粒子線治療。医療というよりはむしろビジネスと呼ぶべきものへの誘導にはくれぐれもご注意ください。

■検索エンジンは教えない

 がん治療とはどこにあっても普遍的な意味をもたないといけません。本当に良い治療であれば世界中の同様な患者さんにも認知され、届けられるべきです。知人が紹介してくれる治療、インターネット広告で出会う治療は、「何かが変だ」と批判的にみるべきでしょう。ちなみに先に触れたクリニックは、有名出版社と手を組んで広告本を何冊も出版し、医業者相手にも患者紹介を募っています。なんと見返りとして20万円の報酬をちらつかせながら。

 いくらインターネット社会が発達しているとは言っても、ことがんに関しては、自分にとって有益な情報は何かというところまで、検索エンジンは教えてくれません。

 ウルフの愛称で親しまれた九重親方(第58代横綱・千代の富士)が、今年の7月に61歳の若さでお亡くなりになりました。原因は膵がんだということです。手術後に肝臓への転移が判明し、抗がん剤治療を奨められたようですが、次に訪ねたのがある放射線治療クリニックだと報道されています。そこでセカンド・オピニオンに従って、「四次元ピンポイント照射療法」なる独自の放射線治療を受けられたようです。

■九重親方の「四次元ピンポイント照射療法」

 過去、多くの芸能人が訪れているようですが、このクリニックの治療は客観的にみると訝しく思います。そもそも、これだけ放射線照射技術が進歩し、ピンポイント照射の標準化が進んでいる最中、保険診療として行なわれるべき治療が、なぜ高額な自由診療なのでしょうか。

 おそらく、呼吸の動きに合わせて照射すべきがん病巣も動くため、それを追尾するやり方のことを時間軸も含めて「四次元」と称しているのでしょう。問題なのは、この治療の成績データがどこにも登場しないこと。当然ながら、医学論文という形にもされていないので、いくら最高の治療だと宣伝されても、それを裏付ける客観的な根拠が無いわけです。

 放射線治療は手術と同じ局所治療であり、もちろん全身に働きかける治療ではありません。

 クリニックでは、親方にどのようなセカンド・オピニオンが提供されていたのでしょうか。実際にその「四次元ピンポイント照射療法」を受けた後、親方にとってどのような効果が得られたのでしょうか。すでに全身病と化し、氷山の一角に過ぎない転移病巣に放射線を当てることよりも大切な、全人的に苦痛除去をサポートする緩和ケアは十分に施されていたのでしょうか。

 がんという病気はいまだに不確かなことが多く、いくら最善の医療が施されたとしても、期待通りの結果が得られないことも少なくありません。そして、ゼロリスクなど存在しえない。これに乗じてリスクを誇大に煽ったり、がん医療を頭ごなしに否定したり、安直ながん克服方法を提唱してみたりといった、「エセ医学情報」が身の回りに氾濫しています。

 冒頭[※(1)を参照]の〈life〉の語釈は、「オプチミストには喜劇、ペシミストには悲劇」と続きます。安心かつ納得できる意思決定をするために、見せかけの喜劇や悲劇に踊らされないためにも、セカンド・オピニオンを有効に活用していただきたいと思います。

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特別読物「がん難民にならないための『セカンド・オピニオン』」――大場大(東京オンコロジークリニック代表)より

大場大(おおばまさる)
1972年、石川県生まれ。外科医、腫瘍内科医。医学博士。東京大学医学部附属病院肝胆膵外科助教を経て、2015年、がんのセカンド・オピニオン外来を主とした「東京オンコロジークリニック」を開設。著書に 『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)、『大場先生、がん治療の本当の話を教えてください』(扶桑社)などがある。

週刊新潮 2016年12月8日号掲載

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