がんになればすがりたくなる「先端医療・先進医療・民間療法」のワナ(1)

ライフ 2016年2月11日号掲載

東京オンコロジークリニック代表・大場大さん

 サメの軟骨や瞑想といった民間療法が、がんを完治させる。健康なあなたなら、そんな荒唐無稽を一蹴するに違いない。だが一旦がんに襲われたとき、果たして冷静でいられるか。さらに巷間持て囃される先端医療と先進医療にもまた、大小のワナが潜んでいるのである。

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 ゲーテは『ファウスト』で、悪魔メフィストフェレスにこう言わせています。

「気を付けろ、悪魔は年を取っている。だから、悪魔を理解するためには、お前も年を取っていなければならない」

 仁なり義なりといった信念を持って患者さんと接する医師ばかりではなく、口をぬぐって患者さんの利益をないがしろにする者も少なくありません。狡猾で老獪ながんビジネスという悪魔に騙されないためには、患者さんも最低限の知識・心得というものを持っておくべきです。

 昨年12月に出版された女優・川島なお美さんの闘病手記『カーテンコール』(新潮社刊)。

 その序章には、こんなメッセージが綴られています。

〈がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか? 何もしないことが最良の選択なのでしょうか? 検診にも行かない。がんを発見することも無駄。知らぬが花だ……。私はそうは思いません〉

〈がんと診断された皆さん、決して「放置」などしないでください。まだやるべきことは残っています〉

 川島さんの場合、発見された当初はおそらく、治癒する確率の高い早期の肝内胆管がんだったと思われます。にもかかわらず、適切なタイミングで手術を受けることが叶わなかったことへの悔恨の気持ちがあらわれているようです。

女優・川島なお美さんと夫の鎧塚俊彦さん

 これに加えて、巷間流布する「がん放置療法」への強い疑念。そして、個人の思想・観念に過ぎないこの方法による犠牲者がさらに生まれることへの懸念が感じられます。

 同じく旧臘、名古屋大学病院は、約3年にわたって肺がんを見逃す医療ミスがあったと発表しました。患者の肺にあった影が見落とされ、結果として死亡したというものです。それが罪として裁かれるならば、意図的な放置の推奨はより悪質で、看過できるものではありません。

■「先端医療」「先進医療」

 まして、治療とはおよそ呼ぶことのできない倫理の欠如したエセ医学の跋扈が許されてよいものでしょうか。

 インターネットなどの広告やテレビCMから流れてくる、「先端医療」や「先進医療」という言葉の正確な意味をご存じでしょうか。

「先端なんだから、御上お墨付きのハイグレード治療ではないのか」

「お金がかかるけど、秘密の治療が受けられるんじゃないか」

 このようなイメージを抱いている人が意外と多いのです。幸せの青い鳥を見つけたら病気は治るといった寓話の印象があるからか、特別なもの、特別そうに見えるものへの憧れは人間の抗いがたい性なのでしょう。

 答えを明かすと、「先端医療」とは、医学的にも行政上も意味を持たない、いわば勝手につけられたキャッチコピーのようなもの。巷のクリニックで行なわれている免疫療法やナントカ細胞療法などがこれに当てはまります。

「最先端のがん治療法」

「からだに優しく効果は最大」

「○万例の治療経験」

 眩いばかりの宣伝文句を前に、藁にもすがる思いの患者さんはやすやすと引き寄せられてしまうもの。

 はっきり申し上げて、これらの大部分はまっとうな治療枠として認められるものではありません。実験室レベルの根拠しかなく、がん患者さんにとって「安全かつ有効」であることが何一つ検証されていないモノがほとんどなのです。裏返せば、そのようなモノを扱っている医師の多くは、がん治療実践の素人に等しいと言ってもいい。

 治療薬として成り立つのか否かわからないモノを先端医療と称し、法外な費用を患者さんに負担させるふるまいは、医療というより悪質なビジネスにしか見えないのです。

■「患者を帰してよいか?」

 以下は、私が東大病院に勤務していたときの実体験です。

 免疫療法をどうしても受けたいと言う膵臓がんの患者さんがいました。当人がインターネットで探してきたクリニックの「院長紹介」欄には、海外留学先でのがんの研究成果が認められて「世界的な名医」とあります。名医とは国手(こくしゅ)あるいは上医とも表現し、【上医は国を医し、その次は人を救う】(新明解国語辞典)というように、立派な言葉のはず。

 とは言うものの、直接やりとりしたところ、病態の把握がまったくできていない。推奨レベルのもっとも高い最善の治療を指す「標準治療」の内容すらご存じない。挙句には、「がんが進行して何か症状が出はじめたら、患者を帰してよいか?」と言い募る始末。

 果たして、4カ月ほどして患者さんはこちらへ戻されました。まるで効果など見られず、その1カ月後には最期を迎えられたのですが、治療費として500万円ほど請求されたそうです。何を調べているかよくわからない血液検査を山ほど強いられたと聞いて、虚しくなりました。

■“先端医療”クリニックの甘言

 今や、先端医療を騙(かた)るクリニックの開設が全国何百カ所にもなろうとしているようです。自由診療だからルールはないと言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、なぜ、行政や学会は、これら医学的根拠のない治療が世に蔓延(はびこ)る現状に目をつぶったままなのでしょうか。

「名医であるうちの院長が考案した『〇〇療法』は、最先端で最高の治療です。抗がん剤と違って副作用はなく必ず効果がありますよ。大丈夫、大丈夫。絶対に諦めちゃいけません。きっと治りますから、打ってみましょう。ところで費用の話なんですが……」

 このような甘言を弄し、説明を続けるようです。そんなに普遍性が高く優れた治療法であるのなら、日本の規制当局であるPMDA(医薬品医療機器総合機構)だけでなく、欧米当局も速やかに認めるはずでしょう。従って、国内のマーケットばかりを対象にして、がん治療を標榜しているクリニックには、まず疑問符をつけた方がよいのです。

「特別読物 がんになればすがりたくなる『先端医療・先進医療・民間療法』のワナ――大場大(東京オンコロジークリニック代表)」より

大場大(おおば・まさる)
1972年、石川県生まれ。外科医・腫瘍内科医。医学博士。2015年、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科学教室助教を退職し、セカンドオピニオン外来を主とした「東京オンコロジークリニック」を開設。著書に、『がんとの賢い闘い方――「近藤誠理論」徹底批判――』(新潮新書)、『東大病院を辞めたから言える「がん」の話』(PHP新書)がある。