冲方丁、冤罪DVでの留置場生活を語る 「飼育されている気分になりました」

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 この世に「永遠」は存在しない以上、冷めない愛というものもなく、どこの夫婦も倦怠期を迎えるもの。とはいえ、男女のすれ違いが、身に覚えのない「冤罪DV」となって降りかかってきたら堪(たま)らない。

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9日間の「27番人生」を体験

「留置場という場所を一言で表すならば、『いるだけで具合が悪くなるようにするために、とことん趣向を凝らした空間』ですかね。何が辛(つら)かったって、夜、電気を消してくれないことです。明るい電灯のもとではなかなか眠れません。睡眠を奪うのが『最高の拷問』だと、よく分かりました」

 こう振り返るのは、作家の冲方丁(うぶかたとう)さん(39)だ。2010年、彼の著作『天地明察』は吉川英治文学新人賞と本屋大賞をダブル受賞し、ミリオンセラーとなった。

 そんな人気作家の冲方さんが、まさに天地がひっくり返るような事態に見舞われたのは昨年8月22日のこと。突然、警視庁渋谷署へと連れていかれ、そのまま逮捕されたのだ。1歳上の妻を拳で殴り前歯を破損させた傷害容疑だった。冲方さんには全くもって思い当たる節はなく、事実、同年10月、不起訴処分となったが、彼は釈放までの9日間、留置場で「27番」と呼ばれる屈辱を味わう。その体験をまとめた『冲方丁のこち留―こちら渋谷警察署留置場』を8月26日に上梓した。

 冲方さんが続ける。

「妻と入籍したのは02年で、結婚14年目のごく一般的な夫婦だったと思います。夫婦喧嘩をして『もう離婚するか』と話すようなことはあっても、暴力を振るったことなどありません。実際、勾留中に妻は弁護士を通じて、『(冲方さんを)訴えていない』と言ってきました。今もって一体この騒動は何だったのか謎のままですが、日本の警察、司法は逮捕イコール有罪を前提にしていますから、供述調書も『本人はやっていないと主張しているが、逮捕状は存在する』という風になってしまうんです」

■指先で歯を折る!?

 例えば、妻を殴ったのならば冲方さんの拳にも傷が残っているはずなのにその痕跡はない。すると刑事は、

〈「たとえばさ、奥さんに向けて指とかさしたときに、うっかりその指先が歯に当たって、そのせいで歯が折れたけど気がつかなかった、なんてことはない?」〉(前掲書より)

 と、誘導尋問。しかし、

〈振り返って「うっかり」指先で人間の歯を折る? もしそんなことが可能なら、私は拳法の達人〉(同)

 こうした理不尽な留置場での生活を、再び冲方さんが回想する。

「曜日によっては昼食が食パンと紙パックのジュースのみといった具合に、食事が粗末なので体重が落ちます。しかし、運動不足からか身体は変な感じでブヨブヨしてくる。ブロイラーとして飼育されている気分になりました。床にずっと座るので足腰が軋(きし)み、関節もシクシクと痛む。極端な塩分、糖分不足なので頭もぼーっとしてくる。ぎりぎりまで人を追い込み、ぎりぎり生かす。その目的を達成するための空間としては、留置場は非常に“洗練”されています」

 現在、離婚裁判中の冲方さんだが、

「逮捕以来、2人の子どもとも会えていないので、『ひとりで寂しくないですか』と聞かれることもありますが、留置場の孤独感に比べたら、それすらたいしたことがないと思えるほどです」

 冤罪DVに巻き込まれる悪夢とだけは、永遠に遭遇したくないものである。

「ワイド特集 きょうびの寓話」より

週刊新潮 2016年9月15日号掲載

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