熱中症だと思ったら、「夏の脳梗塞」だった その見分け方

食・暮らし週刊新潮 2016年8月4日号掲載

 くらくらして目まいが止まらない。手足が思うように動かない。その症状は突然、襲ってくるという。

 茨城県古河市の高校1年生、柳澤拓実君(16)は、ソフトテニス部に所属。高1だった昨年8月3日、グラウンドで練習をしていたところ、突然ふらふらし、ラケットとボールの距離感が合わなくなった。周りの部員も、空振りが続く様子を見て、異変に気付いた。彼の父親、直平さんが本人に代わって語る。

「部室で横になっていたそうですが、呂律も回らなくなった。夕方前、息子は顧問の先生に連れられ、病院に行きました。私も病院に駆けつけ、息子に問いかけましたが、“うん、うん”といった返事しかない。血液検査を行い、熱中症に特有の数値が示された。CTスキャンも撮ったのですが、その時は脳に異常は見つかりませんでした。そのため医師の診断はやはり熱中症となった。しばらく安静にし、日が落ちてから、息子を家に連れて帰りました」

 しかしその後、過酷な運命が拓実君を襲う。

「息子は家でも横になって寝ていました。夜の10時頃、“さすがに着替えくらいさせないと”と思い、服を脱がせようとした時に、右半身が動かなくなっていることに気が付いたのです。急いで同じ病院に行き、今度はMRIの検査を行った。それで初めて脳梗塞だということが分かったのです」

■右の全身麻痺、緊急手術

 重い熱中症かと思われた拓実君は、命に関わる重篤な病を発症していたのだ。別の病院を経て、拓実君が筑波大学附属病院に搬送されたのは、4日未明のこと。直平さんは医師からこう告げられた。

「左の側頭葉の大部分が死にかけています。全失語、右の全身麻痺の状態です」

 父親が受けた衝撃の大きさは察するに余りある。

「“これから2週間が山です”と言われた。息子は集中治療室に移され、翌5日、脳梗塞の手術を受けました。その後、痙攣(けいれん)の症状も出た。先生から“危惧した通り、脳圧が上がりつつある”と指摘され、左側頭葉の頭蓋骨を外して脳圧を逃がす緊急手術が行われました」

 計3度の手術の結果、拓実君はからくも一命を取り留め、脳梗塞から生還した。

 もっとも重い後遺症は残った。車いす生活を余儀なくされ、失語症に陥ったのである。しかし懸命のリハビリを続け、発症から半年で車いすから歩行器に移行。今なお右足首が上がらず、膝から下は引きずるような形ではあるものの、彼は自力で歩けるまでになった。

「学校には戻れていませんが、言葉に関しても、3~4個の単語を繋ぎ合わせて、話ができるところまで回復しました。私が訴えたいのは、熱中症と間違える脳梗塞があるのを、皆さんに知識として持ってほしいということ。“若者・炎天下・スポーツ”という要素からすぐに熱中症と捉えられがちですが、息子のような若い人間にも脳梗塞は起こり得るのです」

■見分け方は

 炎天下で足元がふらふらし、意識がぼーっとする。熱中症と脳梗塞に共通する症状で、両者は区別がつきにくい。しかも、脳梗塞は冬場になるケースが多いとの先入観もある。

「しかし6~8月の夏場に脳梗塞を発症する確率も決して低くありません。冬は寒さから血管が収縮し、高血圧で発症しますが、夏は大量の発汗で脱水症状をきたし、血液の粘度が増す血液濃縮と低血圧が起こり、血管が詰まりやすくなる」

 と解説するのは、脳神経外科医の工藤千秋氏だ。

 実際、国立循環器病研究センターの調査によると、2008~13年の6年間の脳梗塞患者の件数は春(3~5月)961件、夏(6~8月)1004件、秋(9~11月)917件、冬(12~2月)966件だった。実は、脳卒中のうちでも脳梗塞に限っては、夏季に発症しやすいのである。

 ではどうすれば、熱中症と脳梗塞を見分けられるのか。日本脳卒中協会専務理事で、中山クリニック院長の中山博文氏はこう語る。

「熱中症と脳梗塞に共通する症状は、目まいと意識障害です。このうち目まいには、ふわふわとした布団の上を歩くような浮遊感があるものと、グルグルと頭や体が回ってしまう回転性のものがある。後者であれば、脳梗塞を疑い、すぐに医療機関にかかってください」

 総合内科専門医で、秋津医院院長の秋津壽男氏の指摘はこうだ。

「ポイントは、脳梗塞であれば、体の全体ではなく、左右のどちらかに悪い反応が出るということです。それを見分けるのにバレーサインというチェック法があります。まず目を瞑って、両腕を“前にならえ”の格好にします。この時、両腕の高さを同じにしようと思って上げてください。そして10秒ほど経ってから、目を開けます。この時、どちらか片方の腕が下がっていれば、麻痺状態を起こしているサインになります」

■チェック法は「FAST」

 他にもポイントはいくつかある。工藤氏が補足する。

「私はまず第一に体温を挙げます。熱中症になった場合は、少なくとも体温が38度以上になり、体がものすごく熱くなる。一方、脳梗塞になっても、体温は特にあまり変化しません」

 さらにもう一つのポイントは、脳梗塞の“巣症状”があるか否かだという。

「夏場に増える脳梗塞は、脳の太い血管(動脈)が詰まるアテローム血栓性脳梗塞よりも、脳の細かい血管(毛細血管)が詰まるラクナ梗塞が多い。このラクナ梗塞では意識が遠のく前に、“右手だけ力が入らない”“話す時に言葉が出づらい”などの症状が先行することが多い。これを見分けるには“FAST”というチェック方法があります」(同)

 それは以下のようなものである。

F(face)顔の麻痺(歯を見せるように笑った時、片方が歪むと危険)

A(arm)腕の麻痺(手の平を上に向け、両腕を肩の位置まで水平に上げる。10秒ほど経ち、この時、片方が下がっていたら危険。できるなら目を閉じて行う)

S(speech)言葉の障害(呂律が回らなかったり、言葉が出ないようなら危険)

T(time)発症時期(上記3つのうち1つでも症状があれば、発症時刻を確認して、119番に電話する。発症から4時間半以内であれば、詰まった血栓を溶かす緊急治療が可能)

■“夏の脳梗塞“

 区別だけではなく、専門医は熱中症由来の脳梗塞にも気を付けるべきだと言う。

「熱中症の基本的な症状が脳梗塞の引き金になる」(医学博士で米山医院院長の米山公啓氏)

 脳神経外科医の眞田祥一氏はさらに踏み込んで言う。

「熱中症とは、脳の血流の循環障害であり、広義の脳梗塞なのです。普通は脳を巡る血液は一定量ですが、脱水症状になると、循環が悪くなり、“夏の脳梗塞”が起こる。つまり“夏の脳梗塞”は熱中症の延長線上にある症状と言える」

 この「夏の脳梗塞」でよく見られるのが「心原性脳梗塞」と呼ばれるものだという。秋津氏が解説する。

「大本は熱中症によって発症する不整脈が原因です。心臓は血液を送り出すことで、体の全身に酸素を供給している。脱水症状で血液量が減ると、心臓はもっとたくさん動いて何とかしようとする。その結果、脈が速くなって、不整脈を起こすわけです。これを放置しておくと心房細動という非常に危険な病気に進行してしまう可能性がある」

 心房が小刻みに震え、痙攣を起こしたような状態だ。

「この心房細動で血を押し出す力が激減する。心房に血液が滞って、より血栓ができやすくなります。これが脳に飛んで血管に詰まるのが“心原性脳梗塞”。あの長嶋茂雄さんが発症したものです。脱水症状にプラスして心房細動が起こると、脳梗塞のリスクは数倍高くなると言われています」(同)

「特集 敗血症も全身血栓もある『熱中症』から死に至る病」より