緊急寄稿 トランプ大統領誕生で『カエルの楽園』が予言の書になる日――百田尚樹(作家)

社会週刊新潮 2016年5月26日号掲載

 ヒットしているのに、大マスコミが黙殺している書がある。ファンタジー小説『カエルの楽園』(新潮社刊)だ。平和を求めて旅するカエルたちがぶつかる現実。それは日本の危機そのものだ。米大統領選でトランプ氏が突きつける主張を著者の百田尚樹氏が読み解く。

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 アメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が共和党の候補になったというニュースは、日本のリベラル層と保守層の両方に衝撃を与えました。というのは、トランプ氏が公約の一つとして掲げている中に、「在日米軍の駐留費用を日本が全額負担しなければ、米軍を引き揚げる」というものがあるからです。私はそのニュースを見て、これは拙著『カエルの楽園』で書かれたストーリーが現実の世界で起こりつつあると思ってゾッとしました。

『カエルの楽園』はカエルが主人公のファンタジー小説です。生まれ故郷をダルマガエルに追われた2匹のアマガエルが、平和な楽園「ナパージュ」という国に辿りつくところから物語が始まります。ナパージュには「三戒」という奇妙な戒律がありました。それは「カエルを信じろ」、「カエルと争うな」、「争うための力を持つな」というものです。そこに棲むツチガエルたちは、「この国の平和は三戒によって守られている」と信じていました。「三戒」があることで、南の沼に棲む凶暴なウシガエルもナパージュにやってこないというのです。

 しかし、実際はナパージュの山の頂に棲むスチームボートという巨大なワシが睨みを利かせていたのです。

 それでも最近、じわじわとナパージュに迫ってくるウシガエルに対して何らかの対策を考えなければならないと、元老たちはスチームボートとある協定を結ぼうとします。それはウシガエルたちが侵略してきたら、スチームボートと一緒になって国を守るというものです。

 ところがナパージュで最も発信力のあるデイブレイクというカエルは、「これはナパージュがスチームボートと組んで、恐ろしい戦争をするためのものだ」とツチガエルたちに訴えます。それで多くのカエルたちは、この協定を破棄させようと元老会議を取り囲みます。そういう混乱を見ていたスチームボートは、うんざりしたのか、「お前たちがそう決めたなら、しかたがない」と言って、とうとう山の頂から去っていきました。

 物語はそこからどんどん恐ろしい展開になっていきます。まだお読みになっていない方のために詳しく申し上げるわけにはいきませんが、読み終えた人からは「戦慄した」とか「震えが止まらなかった」という感想をいただきます。そして、実は一番多い感想が「この本は予言の書ではないか」というものです。

 同書は、今年の2月に刊行されましたが、もともと昨年の秋からメールマガジンで連載していたものです。ところが連載中に、現実社会がどんどん物語に近付いてくるのを感じていました。

 今年に入って、安保法案を廃案に追い込もうと、多くの新聞やテレビが「戦争法案」という事実とは異なるレッテルを貼って報道し、同じことをたくさんの文化人やジャーナリストが大声で叫び、野党の多くが共闘して行動を開始しました。

 また、尖閣諸島をめぐって中国の領海侵犯が一層露骨になってきました。でもここまではある程度想定内のことでしたから、別に驚くこともありませんでした。実際に安保法案が廃案になることはないだろうし、米軍が日本から撤退することはないと思っていました。

 ところが、事態は急展開を始めました。初めはきわものと見られていたトランプ氏がついに共和党の候補となることが確実になったのです。もし彼が大統領になれば、実際に「駐留米軍の撤退」を日本に突きつけてくる可能性が高いと思われます。

 これは『カエルの楽園』そのままです。本ではスチームボートが去った後のナパージュに、ウシガエルがどんどん侵略を始めます。ナパージュには彼らに対抗できるだけの強い三兄弟がいたのですが、彼らは「三戒」があるために満足に戦うことが出来ません。そのために「三戒」を破棄しようとある元老が言い出します。これに対して前述のデイブレイクは国中の人気者を動員して、「三戒」の素晴らしさを彼らに語らせ、多くのカエルたちを扇動しようとします。

 実はこれも現実が物語をなぞっています。今年の3月から某新聞社が著名な作家や文化人を次々に紙面に登場させて、「憲法9条は素晴らしい」と語らせています。その新聞社は私の本を読んで、企画のヒントにしたのかなと思ったくらいです。

150年ぶりの「黒船」

 こんなわけで同書が「予言の書」と言われ始めているのですが、作者からすれば、とんでもないことです。私が『カエルの楽園』を書いたのは、「こういう結末にしてはいけない!」という思いからです。どうすればこうならないかを皆で考えてもらおうという気持ちで執筆したのです。しかし、現実は「あってはならない」方向へ進みつつあります。

 ただ、別の考え方もできます。それはトランプ氏が「駐留米軍の撤退」を突きつけてくれば、その時、長年の平和ボケだった日本人が目覚めるかもしれないというものです。

 日本では戦後70年、「国防」が大きなテーマとなったことは一度もありませんでした。かつて大ベストセラーとなった『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン=山本七平著)の中に、「日本人は水と安全はただだと思っている」という言葉がありました。これは耳に痛いものですが、鋭い指摘です。そう、日本人は国の安全は普通にあるものだと思っていたのです。それに護憲派の人たちは「日本が平和でいられたのは、憲法9条があるからだ」と何十年も唱え続けてきました。新聞でも、テレビでも、義務教育でも、その主張は繰り返し続けられてきました。結果、多くの日本人がそう信じ込まされました。

 しかし、現実はナパージュを守ってきたのがスチームボートであるように、日本を守ってきたのは駐留米軍だったのです。マスコミの多くはそのことを言いませんが、それでもかなりの数の日本人がうすうすその事実には気付いています。つまり、気付いていながら、知らぬふりを決め込んできたのです。でも、もし米軍が「金を払わなければ、撤退する」と言い出せば、もう知らないふりはできません。

 政府も国民も、「安全保障」と「国防」に正面から向き合わなければならないのです。もしそうなれば、私はこれは150年ぶりの黒船だなと思います。

 150年前まで、日本は200年もの間、鎖国状態が続いていました。その間、世界はとんでもない事態になっていました。西洋列強がアフリカ、アジア、南アメリカの国々を次々に植民地にして、収奪をほしいままにし、有色人種を奴隷化していきました。そんな中にあって、日本はただ自分の国が平和ならそれでいいと、「鎖国」という制度を打ち立てて、世界の混沌からは目を背けてきました。

 ところがアメリカの蒸気船がやってきて武力をちらつかせ、開国を迫ったことで、日本中が大混乱に陥ったのです。「ジャングルの法律」と言われる弱肉強食の世界に引きずり出されることで、「国防」というものを真剣に考えなければならなくなったのです。

 明治の新政府がまず掲げたのは「富国強兵」でした。今日、「富国強兵政策」を非難するエセ文化人などがいますが、笑止と言わざるをえません。もしその政策をとらなければ、日本は欧米列強に食い物にされていたでしょう。少なくとも日露戦争ではロシアに敗れて、支配下に置かれたのは間違いありません。

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