百田尚樹氏「安倍首相は軍隊を創設すべき」 炎上発言の真相を語る

政治

『永遠の0』『海賊とよばれた男』等、ミリオンセラーの生みの親としてのみならず、数々の「炎上発言」「問題発言」でも知られる作家・百田尚樹氏。前回ご紹介した「9条信者を前線に」同様、新聞やネットで叩かれたのが、いわゆる「軍隊創設」発言である。

 その顛末と真意について、百田氏が新刊『大放言』(新潮社刊)で明かしている内容をご紹介しよう(以下は、同書第四章「我が炎上史」より)。

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■百田は軍国主義者である

《安倍政権下では、もっとも大きな課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道をつくっていかねばなりません》

 これは私が渡部昇一氏との対談集で語った言葉であるが、「しんぶん赤旗」やネットニュースなどで盛んに取り上げられ、「百田尚樹は軍国主義者である」というイメージ作りにさんざん利用された。私を憎む人たちはこの一文をブログなどに載せたから、ネット上でも多くの非難を浴びた。

 たしかにこの一文だけを読めば、そう受け取れないことはない。しかしこれもまた長い発言の一部だけを切り取ったものだ。実はこの文章のあとに、私はなぜ軍隊が必要なのかという理由をしっかりと述べている。その理由とは、軍隊が必要だという結論を導き出すための論理であり、もし私を非難したければ、その論理の矛盾を衝くべきなのである。それこそが議論であろう。ところがそうした論理には目をつむり、私が導き出した結論だけを非難する。相変わらず実に汚い手口である。

 私は前記の文章のあとにどういう文章を展開したのか、少し長くなるが引用する。

《2012年12月に発足した第二次安倍内閣は、最大の政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつけなければなりません。

 世間では、いまだに「神聖な憲法を改正するなんてもってのほかだ」という憲法改正アレルギーが蔓延しているようですが、世界中のどの国も、憲法改正はごく普通に行なわれています。戦後だけ見ても、アメリカは18回、フランスは24回、ドイツは58回憲法を改正しています。メキシコに至っては建国以来408回も改正しており、世界最多の回数といわれています(筆者注・2014年当時)。

 国民の生活、文化、思想あるいは国際情勢によって憲法を変えていくのは当然のことです。67年も変化していない日本国憲法は、すでに「世界最古」の憲法です。これほど長い時間が経てば、国民生活も世界の情勢もすべてが変わっています。にもかかわらず憲法を一文たりとも変えないのは柔軟性がなさすぎます。

 日本国憲法は、日本が占領されている時代にGHQが短期間で草案をつくらせて、あたかもすべて日本人が考えたかのように体裁を整えて公布・施行させたものです。まともな法律学者であれば、これを「憲法」だと認められるはずがありません。

 アメリカは戦争で痛い目に遭っていますから、二度と日本が立ち向かえないようにしました。9条で「交戦権の放棄」を押しつけたのもそうです。いまの日本には自衛隊がありますが、9条を厳密に解釈すると、相手に銃を向けられて引き金に指がかかっていても抵抗できません。私が法解釈や運用では対応できないと考える理由の一つがここにあります。

 相手が実際に撃ってきて初めて「正当防衛」が成立し反撃できますが、反撃は最低限のものに限られます。たとえば1発撃たれて10発撃ち返したら、過剰防衛として処罰されてしまう。こんな馬鹿なことはありません。もしミサイル同士で対抗したときに、こちらのミサイルのほうが高性能だったらどうなるでしょう。これも過剰防衛になるのでしょうか。(中略)

 ネガティブリスト、ポジティブリストという考え方があります。自衛隊はポジティブリストの考え方で、やってもいいこととして列挙された行動しか取れません。ところが戦闘中の軍隊はやってはいけないこと(ネガティブリスト)以外は何をしてもいいのです。捕虜の虐待や他国での略奪など、国際法上やってはいけないことはたくさんありますが、それ以外は何をしてもいい。もし中国が攻めてきたら自衛隊はどうすべきか、不測の事態にいちいち六法全書を開く時間はないからです。

 日本の自衛隊も、やってはいけないこと以外は何でもできる臨機応変な軍隊の組織に変えなければなりません。

 ドイツも日本と同様、占領時には連合国軍に憲法を押しつけられました。けれどもドイツ人は、それを「憲法」とみなしませんでした。「ボン基本法(ドイツ連邦共和国基本法)」と呼び、占領が解けてから条文を50回以上も改正し、自分たちの憲法を作っていったのです。

 このような事実をほとんどの国民は知りません。だから重要なのは、政府が憲法改正の論点をきちんとアピールしていくことです。そうすることで初めて、国民の「憲法改正アレルギー」が取り払われ、常識的な憲法観で改正を論じられるようになるでしょう。》

 戦争放棄の現憲法下においても他国に侵略されたときは「自衛権が認められる」という解釈がなされると言われている。しかし、あくまで「言われている」だけにすぎない。つまり自衛権もないとみなす解釈もあるということだ。

 世の中には「自衛隊は外国から軍隊とみなされているから、いまさら軍隊にする必要はない」と言う人もいる。これは法律というものをまったく知らない人の言葉だ。というのは、外国から軍隊と見なされていようが、自衛隊は憲法上は軍隊ではないので、戦闘行為であっても国内法に準拠して行動しなければならないからだ。

 嫌なケースを考えると、日本人を殺そうとしていた他国兵を自衛隊員が撃ち殺した場合、彼は国内法により殺人罪で告訴される。そんなバカな、と思われるかもしれないが、彼を告訴する人権派弁護士が現れる可能性は100パーセントある。明らかな正当防衛で犯人を射殺した警察官を殺人罪で告訴し、何年にもわたって彼の人生を苦しめる人権派の集団や弁護士が多数存在する国なのだ。

 そんな状況で、はたして侵略者に対して自衛隊員が戦えるだろうか。指揮官が果断に命令を下せるだろうか。もちろんこれらの問題は昔から議論されていたことだが、今までは冷戦下で日米安保に守られている状態で、しかも日本を軍事的に脅かす国はなかった。だからあくまで机上の想定での議論にすぎなかった。

■法整備は必要

 しかしこの10年で日本を取り巻く状況は激変した。中国は10年前とは比較にならないほどの強大な軍隊を持ち、ついには政府首脳が「尖閣諸島を奪う」と公言するまでになった。領海侵犯、領空侵犯は頻繁である。今や尖閣諸島周辺は、いつ突発的な事態から軍事衝突が起こっても不思議ではない状況である。

 実際に何らかの侵略があった場合、自衛権というのはどこまで認められるのか――これは恐ろしく難しい問題を孕んでいる。たとえば法律的に「正当防衛」が認められるのは、「急迫不正の侵害に対して、それ以外に身を守る方法がない場合において、必要最小限の抵抗」であるとされている。実際の戦場で、どのケースがそれにあたるのか、どれくらいの抵抗が許されるのか。現場でそんな判断ができるはずがない。しかし現状の憲法下では自衛隊員(および指揮官)たちはそれを要求されるのだ。

 だからこそ、私は憲法改正と自衛隊をめぐる法整備を急ぐ必要があると言ったのだ。

 だが朝日新聞をはじめとする左翼系ジャーナリストたちはそうした論理を無視し、「軍隊創設の道筋をつくらねばならない」という一文だけを切り取り、「百田尚樹は軍国主義者で戦争をやりたがっている狂人」というイメージを作り上げようとしている。

 ここで声を大にして言いたい。戦争を望む者などいるはずがない。日本が戦争して誰が得をするというのだ。私にどんなメリットがあるというのだ。私自身が命を失うかもしれないし、息子が戦死するかもしれない。中国やロシアに侵略戦争を起こして勝てるはずがないし、もし弱小国に侵略したりすれば、たちまち世界から石油を含むすべての資源供給は止められ、日本は一瞬にして息の根を絶たれる。

■リアリティを持て

 もう一つこれも声を大にして言いたい。左翼系ジャーナリストたちは「憲法改正派は戦争を起こしたがっている」というイメージを懸命に作ろうとしているが、こんなまやかしはない。私も含めて憲法9条改正派の目的は「日本を戦争から防ぐ」というものだ。実はこれは9条護憲派も同じである。つまり両者の目的は実は驚いたことに同じなのである。では何が違うのか。それは両者のリアリティである。

 ここで読者に問いたい。「戦争は絶対にしない。たとえ攻められても抵抗はしない。だから軍隊も持たない」という国と、「侵略戦争は絶対にしない。しかしもし侵略されたら、徹底的に抵抗する。そのために軍隊を持つ」という国――さて、どちらの国が侵略されにくいかというリアリティの問題である。

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 百田氏はこのように述べたうえで、現在の世界情勢を俯瞰し、戦争を止めたいのならば、口で「平和」を唱えるだけでは無理で、戦争を起こさせない「力」が必要なのだと主張している。果たして読者はどのような意見にリアリティを感じるだろうか。

デイリー新潮編集部