日立相談役を退任する川村隆氏の潔さ ハイジャックの経験から

企業・業界週刊新潮 2016年5月26日号掲載

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 目下、電機業界で三菱電機と並び“勝ち組”と評される日立製作所。2016年3月期連結決算では売上高約10兆343億円、営業利益6348億円を確保して、“V字回復”が本物であることを証明した。その立役者の川村隆氏(76)が、6月22日付けで相談役を退任する。

 川村氏は日立で社長、会長を務めた大物だが、社長に就任した09年、日立は過去最悪の最終赤字7873億円を抱えて倒産の危機に直面していた。経済誌の電機担当記者によれば、

「東大工学部卒の川村さんは、社長レースから脱落して03年に子会社へ飛ばされていたのです。それが経営手腕を“再評価”されて、本体立て直しのために社長として呼び戻されました」

 社長就任後、不採算部門のテレビ事業の完全撤退を始め、プラズマディスプレイや半導体、携帯電話事業からの撤退を決定。その結果、11年には3031億円の黒字に転換し、さらにその3年後には過去最高の営業利益5328億円を達成した。

「川村さんは、長期政権を築けたのに社長就任から会長退任までの任期はわずか5年。しかも、会長退任が決定すると、すぐに自分の荷物をまとめて会長室を後にしました。顧問の退任も本人の意向で、兼務していた子会社の会長からも身を引きます」(同)

 また、2年前に経団連の米倉弘昌会長の後任に浮上した際は、頑なに固辞した。川村氏が権力に執着せず、引き際も潔いのはなぜか。日立関係者が解説するには、

「実は、川村さんは社長になる前の99年にハイジャック事件に遭遇して、命を落としかけたのです。その時、命を賭して乗客を救った非番の機長らの行動に感銘を受けた、と。彼の座右の銘は“ザ・ラストマン”で、まさしく最終責任者。名誉欲や権力欲より、日立を立て直したいという責任感の方が強かったのでしょう。まだ、会社に残って欲しかったですが……」

 事実上、川村氏は日立グループから身を引くが、みずほFGなどの社外取締役は“続投”予定。当分、趣味のスキーに出かける機会は増えそうにない。