ゲイツもジョブズも心酔したソニーはなぜここまで落ちたのか? VAIOの立役者が語る

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 ソニーが、一時代を築いたVAIOの終焉を発表した。
 満を持して発売した次世代ゲーム機プレイステーション4もその評判は賛否両論。今のところ、全世界を席巻したかつてのプレステのような勢いは見られない。
 ここ数年、さまざまな手を打ちながらも結果が見えず業績悪化に苦しむソニー。

 10年前ほど前、バイオレットカラーのVAIOは、他社製品と較べると少し高かったが、それでも買いたいPCだった。会社で使っていると、「VAIOですか? いいですね」としょっちゅう声をかけられた。
 そんなVAIOブランドを築いた立役者が、辻野晃一郎氏だ。辻野氏は『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』のなかで、ソニーの凋落を見事に予見していた。

■二年で累積赤字150億を逆転

 慶大理工学部を卒業し、技術畑を歩んでいた辻野だが、1997年、40歳にしてVAIO事業部を率いることになる。当時NECと富士通が圧倒的なシェアを誇っていたパソコン市場で、後発のソニーは弱小メーカーでしかなかった。元々「モルモット」と称され、オリジナリティを重視する企業風土だ。プライドの高いエンジニアたちは、マイクロソフトとインテルが仕切り、独創性を発揮する余地が少ないパソコンビジネスに対して、モチベーションを高められていなかった。累積赤字は、150億以上にのぼっていた。

――引き取った途端、この数字をどうしてくれるのか、と責め立てられ、土足で頭を踏みつけられるようなスタートだった。

 当時を振り返った辻野の言葉だ。赤字事業の建て直しを託された新任の事業部長に対する周囲の反応は冷たく、着任時にも「結局、台車で何往復もして、全ての荷物を自分で運び込んだ」。
 40歳の若き事業部長の挑戦は、大きなマイナスから始まった。同書は、サラリーマンなら誰しも共感する企業内での苦労話に満ちている。

 しかし、どん底から出発した辻野は、わずか二年で黒字転換を果たす。非常識に挑戦する。苦境から脱するヒントは、意外とシンプルな思考に潜んでいた。

■日本企業はグーグルやアップルに絶対勝てない

 VAIO成功の後、辻野は画期的と言われた次世代テレビ「コクーン」、DVD録画機「スゴ録」、アップルのiTunes/iPodに対抗するネットワークオーディオ事業の責任者等を歴任、最年少のカンパニープレジデントとして期待を一身に集めたが、ソニーの業績悪化に端を発する熾烈な社内政治に巻き込まれ、2006年、失意のうちにソニーを退社。
 辻野の孤独な奮闘と、ソニーが大企業病に蝕まれていく実態には、学ぶところが多い。
 48歳で無職となり、ハローワーク通いも重ねた彼は、変化を恐れぬ情熱でグーグル日本法人社長の座を引き寄せる。辻野がそこで感じたグーグルの魅力は、ソニーをはじめとする日本企業が、グーグルやアップルといった世界企業に到底適わない理由を教えてくれる。

 必要とされていたのはここでも、古い常識を疑い、新しい時代に対応する力だった。

 のちにグーグルを退社し、現在は世界相手の通販や資金調達を支援するクラウドファンディングを主な事業とするALEXを創業してCEOを務める辻野。今回のVAIO事業売却や業績の下方修正を受けて、殺到する取材に困惑する彼は少し疲れた顔で、「ソニーは創業して70年近い。人間で言えばもう老人です。永遠に続く企業などないのだから、ソニーに過大な期待を抱くのはもうやめにした方がいい。かつてビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも心酔した素晴らしい企業があった、というだけのことです」と突き放す。

 品川港南口に移転したソニー本社にほど近い天王洲アイルの自社オフィスでそう語る辻野の口端には、どこか無念さがにじんでいた。

デイリー新潮編集部