朝日の若手記者もガックリ…慰安婦誤報・植村隆氏が訴訟会見で見せた“論理のすり替え”

社会週刊新潮 2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号掲載

 元朝日新聞記者の植村隆氏(57)が、ジャーナリストの櫻井よしこさんと、その記事を掲載した新潮社ら3社に対し損害賠償を請求した訴訟。第1回の口頭弁論が4月22日に札幌地裁で開かれたが、この裁判の焦点は、植村氏が朝日在籍時代の1991年8月11日に書いた〈思い出すと今も涙〉という記事である。慰安婦の支援団体から元慰安婦・金学順さんの証言テープを入手し、彼女が「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」たと記したこの報道については、金さん自身の発言や訴訟に出た時の書面によって、養父によって慰安所に売られたとの実態が明らかになっている。これを櫻井さんが「捏造」などと論評したことに対し、植村氏は「名誉毀損」とし、それが自らへの脅迫を煽ったと提訴したわけである。

元朝日新聞記者の植村隆氏(57)

■「軍関与」報道を導いた大きな存在

 件の記事について、1989年から94年までソウル支局勤務だった元毎日新聞論説委員の下川正晴氏は、“植村さんの記事が出る前に慰安婦の支援団体から取材協力を持ちかけられたが、日韓を揉めさせようとしているだけに見え、断った”“植村さんは特ダネが取れるとの意識で記事を書いたのではないか。テープを聞いただけで記事を書いてしまったが、本当に慰安婦問題に関心があるのなら、もっとディープな取材をするはず”と断じた。

 これが「暇ネタ」ならまだしも、こと慰安婦問題となれば、結果は重大であると言わざるを得まい。

 朝日の慰安婦報道について、「独立検証委員会」を作り、委員長として誤報の影響を調べた、京都大学の中西輝政名誉教授によれば、

「80年から2014年までの、NYタイムズなど米3紙の慰安婦に関する記事を探したところ、まとまった記事を出し始めたのは、1992年に朝日が『慰安婦に軍の関与があった』という記事を報じて以降でした。植村さんの記事はその5カ月前。80年代に加害者側から強制連行を証言した『吉田証言』に続き、被害者の立場からそれを裏付け、『軍関与』の報道を導いた大きな存在でした」

 これによって、アメリカで慰安婦強制連行は事実として受け止められ、国際社会へと広がっていった。植村氏が自らの被害者としての立場ばかり強調するのが、如何に都合の良い論理であるかがわかるであろう。

■朝日の若い記者もガックリ

 植村氏は、閉廷後に行った会見でこう述べている。

「櫻井さんは(脅迫の)あおり行為をしている」

「『植村バッシング』は、私だけの問題ではない。リベラルなジャーナリズムに対する不当な攻撃である。未来の記者たちがいわれのない攻撃を受けないための戦いです」

 しかし、前者について、早稲田大学名誉教授の重村智計氏が言う。

「言論の世界で生きているのであれば、言論には言論で答えれば良い。もし脅迫を受けたのであれば、警察や司法に対応を求めるべきであって、公権力で相手の主張を封じ込めようとするのは、ジャーナリストとしての役割をわかっていないと言わざるをえません」

 そもそも、植村氏は訴訟提起から1年余り、ニューヨークや韓国なども含めて講演活動に出ずっぱり。とても脅迫に萎縮しているお方とは見えないのである。

 後者についても、元朝日新聞ソウル特派員の前川惠司氏が言う。

「古巣から漏れ聞いたところによると、朝日の心ある若い記者は、植村さんが表でこのような主張をする度にガックリきているそうです。間違いをおかしたのであれば、反省する。これは子どもでもわかること。若い記者が植村さんの態度を真似て、間違っても開き直ればいいんだ、と思ってしまったら、それこそジャーナリズムの自滅です」

 彼がそのために戦っているという「未来の記者」からはソッポを向かれてしまいそうということだ。これではまるでピエロである。

■論理のすり替え

 その道化師、もとい植村氏は、

「私が『捏造記者』でないことを、法廷でも、証明していきたいと思っています」

 とのみコメント。

 しかし、前出の重村氏は喝破する。

「植村君の取材が甘かった、というのがこの問題の本質なのです。そんなごく単純な問題を、櫻井さんなどの保守の論客から非難されたことで、“正しいことを言っているのに、右派にとっては、都合が悪いから攻撃されている”と、左対右の構図にしてしまった。要は、問題の本質を認識することなく、論理をすり替えているだけなのです」

「特集 100人の弁護士を従えて法廷闘争! 慰安婦誤報に反省なし! 元朝日『植村隆』記者の被害者意識ギラギラ」より