逮捕目前の夫に死に場所を与えた「新井将敬」妻の覚悟

政治週刊新潮 2016年3月3日号掲載

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 永田町で「青年将校」と呼ばれた新井将敬元代議士は、自身の関与が疑われた事件捜査の真っ只中に自ら命を絶った。証券取引法違反の容疑で検察の手が迫った矢先のことで、突然の死には「謀殺説」など様々な憶測が飛び交った。が、そこには、「新井代議士の妻は夫の自殺を予期していた」との指摘も含まれていた。

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「あの日、奥さんは将敬が自殺することを分かっていたと思う。健気な方だ」

 と、振り返るのは亀井静香代議士(79)だ。彼の元には新井が自殺する前日の夜、本人から電話があった。

「泣きじゃくりながら“亀井先生、検察は酷い。彼(日興証券の担当者)は何日も事情聴取を受けているのに、私はわずか3時間。わずか3時間で逮捕請求とはどういうことですか。悔しい”って言ってた。俺は“悔しいだろう。でも、しっかりしろ”と励ましたんだ」

 バブル崩壊から6年後の1997年12月、当選4回ながら大蔵省出身の若手代議士として売り出し中だった新井に、日興証券からの4000万円の違法な利益供与疑惑が持ち上がった。

 東京地検特捜部が捜査に乗り出し、翌年2月18日には、新井の逮捕を求める逮捕許諾請求が国会に提出された。じわじわと司直の手が迫る中、新井は三塚派の先輩である亀井氏に自身の潔白を訴えていた。

「彼とは事件が発覚してから電話で何度も話をしていて、その度に“特捜に追われるようなことは身に覚えがない”と言っていた。株の運用は証券会社の担当者に任せていたそうだ」

 亀井氏は、検察の聴取を受けていた日興証券の担当者の供述メモを見せられたこともあったという。

「当初は利益供与を独断で行っていたとしていた担当者の供述調書は、それから少しずつ変わって最終的には新井の指示だとされていた。昔も今も、特捜部は自分たちの都合の良いように事件の筋書きを作るんだ」

 新井が死ぬ日の朝、亀井氏は同僚議員から彼の居場所を聞かれ、新井の妻の真理子氏に電話をかけた。

 すると、真理子氏は意外なことを言ったという。

「奥さんは“亀井先生、私も主人を探しているんです”って言ったんだ。でも、後から分かったことだけど、2人は一緒にホテルに泊まっていた。つまり、奥さんは俺に嘘をついたわけだ」

 真理子氏は午前9時半頃にホテルを出て自宅に向かった。それから数時間後の午後2時半過ぎ、亀井氏は真理子氏から電話で新井の自殺を知らされた――。

■「どんな決断を下そうとも」

 真理子氏が、夫が頼った亀井氏にさえ真実を伝えなかったのは何故なのか。

「俺は将敬の葬式で“彼は主君たる国家からいわれなき辱めを受けた。だから武士の作法に則って自ら死を選んだ”という趣旨の弔辞を読んだ。すると、奥さんが“先生は将敬の気持ちを全て代弁してくれました”と言ってきたんだ。彼が死んだ日の朝、奥さんは夫の自殺を覚悟していて、それを誰にも邪魔させたくなくて嘘をついたんだろう」

 その真理子氏は、新井の死から7年後に自著『最後の恋文 天国のあなたへ』を出版している。2人のなれ初めや思い出が綴られている中、とくに目を引くのが第一章の「夫との最後の夜」だ。そこには死の前夜の新井の様子と、夫を見守る自身の姿が詳述されている。

〈夫は手紙を書いていた。誰に宛てたものかはわからないが、それがもう返事を受け取ることのない手紙なのだと心の隅で感じ取っていた。そして、それを書くのを止めさせられないことも……〉

〈「部屋の鍵は、私が持っていきますから」これで二人の間に了解はできた。(あなたの人生です。だれにも邪魔されることなく決断を下してください。私はどんな結論もすべてを受け入れますから)私を見ている夫の顔をしっかり脳裏に焼きつけると、おそらく二度と内側から開けられることはないであろう、そのドアを静かに閉めた〉

 直接的な表現こそないものの、真理子氏が夫の死を受け入れて“自決”の場を与えたとも読める内容だ。

 真理子氏が言う。

「あの時、私は夫婦であろうと、夫の決断を最後まで尊重しなければいけないと考えていました。私がほんの少しでも何かを言うことで、新井将敬という政治家としての、或いは人間としての尊厳、一貫性を損なうようなことはしてはいけないと思ったからです」

 死をもって潔白を訴えた新井の決断は、妻の覚悟とともにあったのだ。

「特別ワイド 吉日凶日60年の証言者」より