「平和な時代が続くと青年の意見は無視されるようになる」三島由紀夫の言葉(2) 政治編

政治

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 三島由紀夫というと、その最期から「自決した何となく軍人っぽい怖い作家」といったイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし、当然のことながら三島の思想はそんな簡単に片づけられるようなものではない。

 前回の記事では、三島由紀夫の名言から「男と女」に関するものをご紹介した。今回は、「政治」に関連した言葉をご紹介しよう(いずれも『三島由紀夫の言葉 人間の性(さが)』(佐藤秀明・編)より)

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「胃痛のときにはじめて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いていれば、存在を意識されるはずのものではなく、まして食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちゃんと政治をしていれば、カジ屋はちゃんとカジ屋の仕事に専念していられるのである。現在、政治は民衆の胃痛になり、民衆の皮膚はアレルギーの症状を示し、異常に敏感なその皮膚は、何事もまず皮膚で感受しようとする。こういう状態こそ政治的危機である」

「日本はふしぎに近代史を見ても、青年の意見がおそれられるのは動乱の時代であり、しばらく平和な時代が続くと青年の意見は無視されるようになる。[…]近代史において、青年の意見がそのまま国の根幹をゆるがし、かつ国の形成に役立ったのは、明治維新をおいてほかにはない」

「もともと戦争が美化されたのは、それを醜いと知っていても、戦争が必要だったから、美化せざるをえなかった点もあるでしょう。今では戦争は必要でないから、美化されるおそれがないかといえば、ろうそくの必要がなくなっても、われわれはろうそくの光りでディナーをとることを好むのです」

「すべての戦争は自衛の戦争の形態をとり、帝国主義戦争、領土侵略戦争、植民地戦争という外観はできるだけ避けられるようになった。自衛の戦争という観念自体に、『やむを得ず』という観念が含まれる。『いやいやながら』という考えが含まれる。いやいやながらという気持ちは複雑であって、その気の進まなさには、一面好奇心や欲望が隠されている。われわれは気の進まない行動をするときに、どこまでほんとうに気が進まないのか疑問なのである」

「あの戦争についての書物は沢山書かれているが、証人は次第に減り、しかも特異な体験だけが耳目に触れるから、今の若い人たちは戦時中の生活について、暗い固定観念の虜(とりこ)になりがちである。そこにも平凡な人間の生活があり、平凡な悲喜哀歓があり、日常性があり、静けさがあり、夢さえあったということは忘れられがちである。たとえば私がクラヴサンの音色を、戦争中の演奏会におけるほど美しく聴いたことは、後にも先にもないのである」

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 どこか最近の政治関連のニュースを想起させる言葉も多く、今の時代にも十分通用する言葉が多いと感じた方もいることだろう。『三島由紀夫の言葉 人間の性』には、厳選された名言309が収録されている。

デイリー新潮編集部