「父親が2人いるペンギンの紙芝居」で小学生に説く「同性愛」 日教組の亡国教育はどこまでゆくのか

社会週刊新潮 2016年2月18日号掲載

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 2月5日から3日間に亘って開催された、日教組による第65次教育研究全国集会(教研)は、開催が被災県の岩手ということもあり、原発に関する報告も多かった。が、その内容は非科学的な思いこみを子供たちに強要するに等しい内容。例えば「平和教育」の分科会で北海道北広島市の小学校の男子教諭が発表した主題は〈反原発を目指した平和教育〉。政治的中立など最初から放棄しているのである。

日教組による教育研究全国集会(教研集会)

 反原発への偏りは、「理科教育」の分科会でも見られた。福島県伊達市の中学校の男性教諭は「放射線教育の実状」を報告したが、

「授業そのものは失敗であると感じている」

 という。その理由は、

「放射線が役に立っている例の紹介をしなければならなかったので、生徒の感想に“安心、安全”が反映されてしまった」

 からだとか。東京工業大学の松本義久准教授(放射線生物学)は、

「この先生は放射線の危険性を強調する意図が強すぎたがゆえに、生徒から“安心、安全”という逆の反応が出たのでしょう」

 とした上で、こう語る。

「放射線がいい、悪いの議論ではなく、また思想を伝えるものでもない。有害であり、かつ有用であるという科学的事実を教えるのが、本来の放射線教育です」

■“何もしないことです”

 さて、(1)(2)(3)を通じ、「政治的中立」とは裏腹に、政治性あふれんばかりの報告を覗いてきた。

 日教組トップの加藤良輔委員長は、教研集会のあいさつで「私たちは“政治的中立”という要請と向き合わねばなりません」と述べていたが、いみじくも「人権教育」の分科会で、共同研究者が、

「(ブラジルの教育思想家)パウロ・フレイレが“中立性というのは、支配者の側に立っていることを白状しないですませる便利な言いわけである”と言っています。それは何もしないということです」

 と訴えていた。

■“父親が2人いるペンギン”

 最後に、「両性の自立と平等をめざす教育」の分科会も覗いておく。静岡県湖西市の小学校の女性教諭は、1年生の学級活動について、

「自分の好きな色とランドセルの色を比べて話し合うことで、性別にとらわれず色を選択できることに気づくことができた」

 と成果を強調。性差はあってはならないらしい。

 だから、こんな授業も現れる。三重県の小学校の女性教諭の報告だが、父親が2人いるペンギンの紙芝居を見せ、同性愛について子どもたちに考えさせたという。むろん、性的マイノリティを差別してはならないが、性差を否定し、オス同士が愛し合うことを小学生に教えるのは、性的マイノリティを誘発することにすら繋がらないだろうか。

「性差の背景には、人間が培ってきた長い歴史や文化、伝統がある。性差の無視は、歴史や文化を無視することでもあります」

 東京都国立市の元教育長で、教育評論家の石井昌浩氏はそう叱るが、そもそも文化や伝統の否定は、洗脳と並ぶ日教組のお家芸。子どもたちという人質を彼らの手から救い出すほかに、亡国の道を閉ざす手立てはなさそうだ。

 シリーズ〈教研集会に見る末恐ろしい「日教組」亡国の洗脳(4)〉。

「特集 生徒に反原発を強制! 反安倍総理を呼び掛け! 教研集会に見る末恐ろしい『日教組』亡国の洗脳」より