【川崎中1殺人・実名掲載】上村君の母が公判で訴えた“19歳の犯人が、なぜ少年とされるのか”

社会週刊新潮 2016年2月18日号掲載

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 2月2日から4日にかけて、「川崎中1殺人事件」の主犯少年に対する公判が行われた。

 主犯の舟橋龍一(19)の公判で改めて明らかになったのは、無軌道で残忍な暴力、そして“カミソン”の愛称で親しまれた上村遼太君(当時13歳)の、あまりに無惨な最期である。

 事件が起こったのは昨年2月20日未明だ。現場となった川崎市の多摩川河川敷にいたのは、舟橋の他、当時17歳のBとC、それから被害者の上村君。後に舟橋は殺人罪で、BとCは傷害致死罪で起訴された。

 河川敷に着くと、舟橋は上村君の携帯電話を川に投げ込み、彼に馬乗りになった。「どうする?」と聞かれたCが差し出したのはカッターナイフ。手始めに、舟橋は上村君の頬を数回切った――。こうして始まった常軌を逸した犯行について、法廷の舟橋は感情を表すことなく淡々と証言した。

事件現場に供えられた写真やメッセージ

■「あっちやって」

〈BかCが「泳がせれば」といったので、自分は「いいね」と答えました〉

〈上村君は服を全部脱いで泳ぎに行って、戻ってきたのでBがカッターナイフで3、4回切った。Bは自分にカッターを渡し、その間、Cは上村君の頭をつかんでコンクリートに2、3回打ち付けていた。Cにカッターを渡し、Cが上村君の首を何回か切り付けたところで刃が折れました〉

〈Cからカッターを渡され、3、4回切り付けてから上村君に「また泳いで」といいました。上村君は20メートルか30メートル泳いで戻ってきて、Bが3、4回、Cが3、4回、自分が3、4回切った。上村君はまた泳ぎに行こうとしたけど、疲れ切っていました〉

 首を何度も切られたことで声が出なくなっていたのか、上村君は「ごめんなさい」というように口を動かし、眼に涙を浮かべていた。

〈Bが「やばくない?」と言って上村君を3回切り、最後に自分が1回切ったら、上村君が動かなくなって、「死んじゃったな」と〉

 うつ伏せに倒れた上村君。舟橋はCに向かって「(上村君を)あっちやって」と言い放った。上村君の体は血まみれである。その血が付着しないようにするためか、Cはまるでゴミでも扱うように足で上村君の体を川岸のほうへ転がしていった。そして、上村君の下半身が川の水に浸かり、仰向けに倒れた状態になった時、舟橋はCに「息してるか?」と聞いた。Cは上村君の顔に自分の耳を近づけ、「息してる」と答えたが、結局、舟橋らは上村君をそこに置き去りにして河川敷を後にしたのである。

上村君が殺された現場に供えられた本誌(「週刊新潮」)の記事

■地面を這って……

 それが2月20日午前2時34分のこと。“くの字”になった上村君の遺体を通行人が発見したのは午前6時過ぎだが、そこは川岸から20メートル余りも離れた河川敷の草地だった。なぜ上村君の遺体は、川岸から離れた場所で発見されたのか。その謎について、検察側は法廷でこう述べた。

「(上村君が息絶える直前に)地面を這って移動した可能性がある」

 上村君の遺体に残された切り傷や刺し傷は全身40カ所以上に及んだが、そのうち31カ所が首に集中していた。最も深かったのが首の左側の傷で、皮膚、筋肉だけでなく動脈まで切断されていた。首の後ろの傷も筋肉まで達していた。

 それだけの傷を負い、下半身が川の水に浸かった状態で放置された上村君。辺りは漆黒の闇に覆われ、気温はおそらく5℃ほど。彼が感じたであろう絶望、恐怖、痛みは想像を絶する。

 しかし、彼は生きることを諦めなかった。こんな所で死ぬわけにはいかない。生への執念を捨てなかったからこそ、最後の力を振り絞って腕と脚を動かし、地面を這い、河川敷を横切ろうとしたのではないか。道路まで出れば通行人が助けてくれるかもしれない。が、首の傷からはとめどなく血が溢れて意識は朦朧とする。そしてついに、小さな体を“くの字”に折り曲げて息絶えたのだ。一人ぼっちで。

■〈19歳の大人です〉

 2月4日、上村君の両親は、被害者参加制度を利用して法廷で意見陳述した。

〈息子を放置して逃げた犯人は人間と思えません。犯人が逃げた後、遼太は23・5メートル移動していました。寒く、真っ暗で、携帯がなく、服もない中で移動したのは、必死に家に帰ろうとしていたのだと思います。どんなに怖かっただろう、お母さん助けてと思っただろう〉(母親の意見陳述)

〈自分のこの手で、遼太の敵(かたき)をとってやりたいです。ダメだと思っても毎日そう考えてしまいます。犯人は19歳の大人です。選挙権のある、私たちと同じ大人です。報道ではなぜ、少年とされ、実名でないのか、理解できません。遼太の命を奪った殺人犯です〉(父親の意見陳述)

 報道だけでなく、法廷でも舟橋の呼び方は「被告人」や「A」である。

「それだけではなく、入廷時や退廷時、舟橋の顔が傍聴人に正面から見られないよう、高さ2~3メートルの白い蛇腹式のパーテーションが用意されていました。開廷直前にパーテーションが取り除かれると、丸刈りでグレーのスーツを着て被告人席に座る舟橋の後ろ姿が現れるのです」

 と、傍聴した記者は語る。

「休憩に入る際にも裁判所の職員が立ち上がり、再びパーテーションで被告人席を完全に覆い、舟橋が退出し終えるまで傍聴人は動くことができません。あと、印象に残ったのは舟橋が発する声がものすごく小さかったことです。初公判の時の第一声もあまりにも小さかったので、傍聴席に“ん?”という空気が流れていました」

 その小さな声で舟橋は上村君や上村君の遺族に向けて謝罪や反省の言葉を口にしたが、それが本心から出たものであるかどうかは甚だ怪しいと言わざるを得ない。

「特集 川崎中1殺人公判 目隠しで守られた『主犯少年』のゴマカシ供述ウソ供述」より