お風呂場から寝室まで「明治天皇」と「昭和天皇」の私生活比較――米窪明美(学習院女子中・高等科非常勤講師)

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■Xデーが近づくなかで…

 さて、多忙な公務と独特な宮廷の慣習にしばられた生活のなかで、天皇はどのように息抜きをされていたのだろうか。

 昭和天皇のお楽しみはなんといっても生物学の研究だった。普段は口が重いが、話題が生物に及ぶと途端に活き活きと話し出される。それが嬉しくて、側近たちは好んで生物学の話題を持ち出した。研究には専門の御用掛がついていたが、貝やクラゲを採取する際には側近たちもお手伝いした。

 側近たちの回想録や日記などを調べてゆくと、昭和天皇と彼らの交わす会話は知的好奇心に満ち、まるで大学の研究室の教授と弟子のそれのようだ。勿論、教授は天皇である。

 このお楽しみへのこだわりは病床でも貫かれた。

 昭和63年9月19日午後10時前、天皇は大量吐血される。宮内庁関係者やマスコミがXデーに向かって走り出している最中、病床の天皇は生物学への情熱を未だに失っていなかった。

 9月25日午後8時15分過ぎ、吹上御所2階の御寝室で、天皇はベッドに横たわり侍従の中村賢二郎と話されていた。やがて中村が御前を下がろうとすると、「あのね」と大きな声で呼び止められた。

「それからもう一つ。蚊がいたんだ。看護婦が獲ったんだ。清水(筆者注・生物学御研究所の専門官)に言って、御研究所の清水に、何の種類か調べるように」

 なんと天皇は鼻孔に酸素吸入のチューブが2本入っている状態で、病室に迷い込んだ蚊に目を止め、種類を突き止めたいと言い出されたのだ。

 朝までに手分けをして季節外れの蚊が5匹捕らえられ、生物学御研究所に届けられた。折り返し、1匹はヒトスジシマカの雌、2匹はハマダラカの類の雄、他2匹は吻(ふん)がないのでヌカカとキノコバエ科の虫で、蚊ではない、との報告があったので中村がその通り言上する。

 しかし、これでめでたく問題解決……ではなかった。天皇は動物分類学者の朝比奈正二郎にサンプルを渡し、さらに詳しく調査するように命じられたのだ。

 その日の午後5時、朝比奈から、〈ヒトスジシマカ 1♀(黒色種、吸血、昼間・薄暮)、アカイエカ 2♂(褐色種、♀吸血、夜間)、キノコバエ科 2(黒色、森林中の菌などより発生)〉との詳細な報告を受けて、天皇はやっと満足される。ついで5匹のサンプルは、ラベルを貼り生物学御研究所にて保管するようにと指示された。

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