お風呂場から寝室まで「明治天皇」と「昭和天皇」の私生活比較――米窪明美(学習院女子中・高等科非常勤講師)

国内 社会 2016年01月03日

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■変化した「おすべり」

 お風呂と並ぶもう一つのプライベートスペースといえば寝室である。

 皇太子時代にヨーロッパを外遊して以来、昭和天皇はライフスタイルを欧米風に切り替えられていた。それゆえ新婚時代からずっとベッドを使用し、パジャマを着用されていた。

 昭和天皇がベッドから起き上がられると、共に寝ていた良子皇后はすでに傍らにいない。身支度を整えるために一足先に洗面所へと向かわれているからだ。ガウンをはおり、スリッパを履いた天皇はブザーを押す。これは侍従の控える部屋など関係部署に通じていて、昭和の宮廷の一日が始まる。

 一方、明治天皇は美子皇后と御寝室を共にされていない。2人が不仲だったのではなく、それが皇室の伝統だったのだ。

 明治天皇は御寝台という、宮廷伝来の天蓋付きの寝具の上で目覚めた。白羽二重(しろはぶたえ)の寝間着を身につけた天皇を起こすのは、御寝台の脇に侍寝した権典侍(ごんてんじ)、所謂(いわゆる)お后女官(きさきにょかん)の役目である。お后女官は江戸時代の将軍家の側室と似た存在で、大正天皇の生母・柳原愛子も、成人した4人の皇女の生母・園祥子もお后女官だった。

 天皇のお目覚めを確認すると、お后女官はおもむろに「おひーる」と声を張り上げる。「おひる」といっても朝8時頃だ。すると、これに呼応して隣室に当直した女官が、「申しょー、おひるでおじゃーと、申させ給う」と声を張る。さらにこれに応えて……と女官たちの甲高い声がさざなみのように伝わってゆき、明治宮廷の一日が始まる。

 明治天皇と昭和天皇の御寝室の違いは、なんといってもお后女官の有無に尽きる。お后女官は大正時代まで存在したが、貞明皇后から4人もの皇子が誕生したことで、「お后」としての役目はなかった。表面的な制度は残したまま、実質的には一夫一婦制度へと移行していたことになる。昭和天皇はさらに改革を推し進め、権典侍という役名そのものを宮廷からなくす。これにより、皇室は完全な一夫一婦制となり現在に至っている。

 続いて天皇家の食卓をのぞいてみる。

 明治天皇は寝間着から和服へと着替えられて、お一人で朝の食卓に向かう。美子皇后は化粧着のまま、自室で朝食をとられる。

 昼食、夕食は両陛下揃ってとる。とはいえ、一つの食卓は囲まない。天皇皇后が別々のテーブルに着席する。

 給仕は天皇に2人、皇后に1人の女官が付く。彼女たちが最も気を遣ったのは、食事をいかに美味しく召し上がって頂くか、ではない。最大の注意を払ったのは、食器を触る手の平が何かの加減で自分の衣服に触れないようにすることだ。このような場合、もう一度手を洗い直さなければならない。こうした独特な作法を守るため、お給仕に時間がかかってしまう。しかし、天皇皇后は文句も言わずじっと待っていた。

 ところで、両陛下のお食事というと、懐石料理のようにほんのちょっぴりずつ、美しくお料理が盛りつけられているイメージを抱く方が多いのではないか。しかし明治の御代はイメージと逆で、大きなお皿に驚くほどの量が盛られていた。

 そこから、女官が天皇皇后用としてほんの少しだけ取り分け、残りは全て臣下に下賜された。これは「おすべり」という宮廷で古くから続く慣習である。おすべりは天皇から臣下への思いやりの気持ちを表すもので、同じ料理を食べることで和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気作りに一役買っていた。

 一方、昭和の宮廷では、三食とも天皇皇后が揃って一つのテーブルを囲まれた。また、明治天皇ご夫妻の食事と異なるのは、それぞれ一人前が一つの器に上品に盛りつけられていた点だ。臣下へのおすべりという習慣は残っていたが、厨房で最初から天皇皇后用と臣下用に取り分けられていた。

 明治の御世と昭和の御世では、このように臣下へのおすべりの形式が異なる。その意味するものは何か。

 明治の宮廷では、天皇の周囲に常に多くの人々が控えていて、およそプライバシーというものはなかったが、それが当たり前だった。身分の差こそあったものの、宮殿全体がまるで一つの家庭のようで、いつも笑いが絶えなかった。大きなお皿から同じ料理を取り分けるスタイルは、天皇皇后を中心とした大家族の雰囲気をよく表している。

 昭和天皇も祖父と同様に多くの人々に囲まれて生活していたが、近代的な教育を受け外遊を経験し、君主といえども、ある程度のプライバシーは守られるべきだと考えられていた。天皇は皇后やお子さまたちとの時間を殊の外大事にされており、家族団欒の様子は世間一般のそれと変わらない。一つのお皿に一人前ずつ盛りつけられたスタイルは、伝統を受け継ぎつつも、個というものを大切に考え始めた昭和の宮廷の姿を図らずも表している。

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