選挙のための取り引き材料となった軽減税率――「低所得者層の負担軽減」は本当か?

国内 政治

  • ブックマーク

Advertisement

 自民党と公明党による軽減税率に関する協議は、“対象を加工食品にまで広げるべき”との公明案が採用された。“庶民の味方”を標榜する公明が自民を押し切った形だが、結果、当初案より膨らむこととなった必要財源1兆円を確保する見通しは、立っていない。

 ***

 今回の協議の背景には、来夏に参院選を控え、公明党の選挙協力が欠かせない自民党の事情があることは明らかである。特に、創価学会とのパイプを政治基盤としてきた菅義偉官房長官(67)は、党内、財務省を「敵」としてでも、公明党に媚びる動きを見せていた。

 しかし、である。

 今一度、消費増税の「そもそも論」を確認しておく必要があろう。

 民主党政権時代の12年、民自公による3党合意で決まった消費税率の段階的引き上げは、「(消費増税分の税収も充てられる)社会保障は政争の具にすべきではない」「政権が代わっても安定的な社会保障を」との“良識”に基づいたものだったはずだ。

 ところが、この度の軽減税率対象拡大は、来夏の参院選を睨んで、選挙のための取り引き材料、まさに政争の具となってしまったのである。

 政治アナリストの伊藤惇夫氏は、

「今回の軽減税率は完全に参院選を意識した選挙対策であり、政策よりも政局を優先した、とんでもない話だと思います」

 と、政治的な批判をした上で、経済的な面でもその愚を指摘する。

「仮に所得の低い1000万世帯に、いわゆる『バラマキ』で年間4万円支給すると、ちょうど4000億円になります。ところが、軽減税率の導入によって、これらの低所得者世帯が軽減される消費税はせいぜい1世帯あたり年間1万数千円程度。その上、新たに6000億円もの財源が必要になるわけですから、コスト・パフォーマンスが異様に悪い政策と言わざるを得ません」

■得をするのは高所得者

 経済ジャーナリストの荻原博子氏が続ける。

「軽減税率の対象を加工食品にまで広げたことで、庶民、とりわけ低所得者層の負担が軽減されたような印象を受けるかもしれませんが、これはまやかしです。なぜなら、軽減税率によって恩恵を受けるのは低所得者層に限らず、高所得者層も同じだからです」

 法政大学経済学部教授の小黒一正氏が補足する。

「例えば、低所得者が200円の豚バラ肉を買って軽減される消費税は4円に過ぎませんが、高所得者が1万円のサーロインステーキ肉を買ったら、200円が軽減されます。『お得感』は高所得者のほうが高い。金額ベースで考えれば、財源1兆円のうち、高額の食品を買う高所得者層に回る分が多くなるのは間違いありません。実は得をするのは高所得者なんです」

 また、低所得者層の家計における食費は、

「4分の1から5分の1と言われていて、衣料品などその他の4分の3ないし5分の4を占める大部分は、単に8%から10%に増税されるだけ。4分の1から5分の1に限ってだけ、軽減対象の線引きをどこにするかなどと大騒ぎしていたこと自体がおかしいんです」(荻原氏)

■「20年度のプライマリー・バランスの黒字化は無理になった」

 シグマ・キャピタルのチーフエコノミスト、田代秀敏氏は、

「経済学者で軽減税率に賛成している人はほとんどいませんよ」

 としつつ、財政面の問題についてこう警鐘を鳴らす。

「6000億円分の財源が見つかっていない上に、自民党、財務省サイドが確保している4000億円の財源も、低所得者の医療や介護の負担を減らす社会保障の制度を止めて、低所得者対策として効果が疑わしい軽減税率用に回しているに過ぎず、低所得者のための財源を右から左に移しただけなんです。とにかく、これで20年度のプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化は無理になったと言っていいでしょう」

 そして、経済ジャーナリストの須田慎一郎氏が、今回の軽減税率騒動の本質を喝破する。

「財政の健全化を目指して消費税を上げるのに、安定財源の枠を超えて軽減税率を導入する。これは二律背反以外の何物でもない。まともな税制議論が置き去りにされてしまっています」

 とどのつまり、先の小黒氏曰く、

「6000億円の税金を使って、官邸が公明党からの選挙協力を買ったと見られても仕方がない」

 一見、菅氏は軽減税率政争で勝利を収めたかに映るが、身内の自民党議員や識者からの評判は芳しくなく……。

 菅氏の「政治的プライマリー・バランス」は、実は赤字転落の芽を孕(はら)んでいるのかもしれない。

「特集 軽減税率を政争の具にした愚! どこへ行った財源と財政再建! 公明党に6000億円を貢いだ『菅官房長官』の前方視野」より

週刊新潮 2015年12月24日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。