“エヴァ”作詞家が語る「『残酷な天使のテーゼ』の印税はトルコに消えた」

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離婚効果

 修復不可能。そう判断した私は、持ってきた離婚届にサインをさせた。幸いにして、私たちは日本でのみの婚姻関係。だから容易に離婚が受理された。

 離婚をしてもまだ助けてもらえる、まだ愛してもらえる、と彼は強く信じていたのだろう。だけど、私にしてみれば離婚後は他人。というよりも、13年間続けた保護者としての役目は終わった。だから彼をもう助けない。もう依存もさせない。そんな決意があった。

 それを私の裏切りと取ったのだと思う。必死で大きくしてきた会社を自らの手で潰し、スタッフや取引先にまでも脅迫と嫌がらせを繰り返し、益々自分で自分の首を絞めていった。彼を信頼して付いていく人間は、もう誰もいない。今は人を騙して金を借り、それで何とか生活しているらしい。

 これから裁判が始まるので詳しいことはここに書けないが、彼が地獄への道をひた走っていることだけは確かだ。

 さて。占い師の話に戻るが、彼女が私に離婚を勧めたのは、元ダンのために苦労を背負うということだけではなく、彼の依存心によって、私がもともと持っている運の強さがすべて奪われているからとのこと。

 今では「離婚効果」と名付けている、運気が上昇している証し。

 まず痩せた! 離婚に至るまでの気苦労で、ということはわかっているが、まるで憑き物が落ちたようにスッキリとし、晴れやかな顔になったらしい。

 次に、離婚した途端に久しぶりにヒットが出た。テレビ朝日系列で放送されている『手裏剣戦隊ニンニンジャー』のオープニングテーマがそれ。ニンニンジャーという番組自体がヒットしたお陰で、主題歌も売れている。

 そういえば、元ダンと付き合いだした2001年以降、まったくといっていいほどヒットが出なかった。それまでは大ヒットとは呼べないまでもコンスタントに当たりを出し続けていたのに、ぴたっとなくなってたなぁ。

 それでもお金に困らなかったのはエヴァンゲリオンのお陰。私が詞を手掛けた『残酷な天使のテーゼ』や『魂のルフラン』はカラオケで歌われ続け、パチンコ機にも使われて、定期的にまとまった印税が入ってくる。

 結果この印税のほとんどをトルコに、というより元ダンに使い果たし、さらには借金まで背負ってしまったわけだけど、まぁこれは仕方ない。愚かな自分の学習費だ。私の会社と個人からの出資ならびに貸付金として送金しているので、今後はその返済を要求する裁判をやるだけ。むろん彼に貸した全額が戻って来るとは期待していない。

 で、いちばん難航するだろうと思っていた弁護士探しがすんなりといった。これもまぁ離婚効果。

 また、去年はとにかく体調が悪かった。次から次へと体に問題が出るし、何度も救急車で病院に運ばれる騒ぎ。最後には顔面神経痛を患い脳の検査までした。結果的にはどこにも大きな問題はなかったのだけど、調子が悪いのが当たり前というふうになっていた。そんな日々を過ごしていたのに、今年になってからはなぜかすこぶる元気。持病の腰痛にちょっと悩まされるくらいまでに快復した。

 その他にも、銀行での借入がすんなりと通ったり、新たに立ち上げた旅行会社のオフィス探しも、まるで奇跡と呼んでもいいほどの物件が見つかったり。些細な事柄を含めると、すべての物事がさくさく行きだした。まるで滞っていたものがすーっと流れていく感じ。占いをすべて信じるわけではないが、本当に運気が上がっているのが目に見えてわかる。

 だけど、何よりも私が幸運だと思えたのは、道を見失っているときに、その都度助けてくれる人たちが現れたことだ。彼らが支えてくれなかったら、きっと私は精神をやられるか、あるいは自死していたかもしれない。

 もう彼の仕事の心配をしてやる義務はない。もう彼のために金の工面に走り回る必要もない。そのことが本当に私を楽にしてくれた。

 誰にとっても、離婚を決断することはキツいだろうけど、いざそこを越えてしまえば何かが変わるはずだ。私は自分の判断が正しかったと信じている。過去は変えられないけど、未来は自分の意志でいくらでも変えていけるから。

呆れて笑うだけ

 元ダンは今でも私にまとわりついてくる。まだ金を引っ張れると思っているのか、まだ騙せると思っているのか。3月には再婚したというのに……。

 私やオフィスに電話するだけでなく、FAXやメールでの攻撃。スタッフの携帯を鳴らし続け、それは会計事務所にまで波及し、友人たちにも「眠子さんに電話してくれるよう言ってくれ」と連絡し続けている。

 私が一切話す気がないことを理解していないのか、とにかくあらゆる手を使って、何とか連絡させようとする。嫉妬させたり怒らせたり脅したり、逆に甘い言葉を並べてみたり。

「あなたは子供が出来ない可哀想な人だから、もし犬とか猫とか欲しかったら、トルコから送ってあげます」

「あなたはお婆さんだから、本当はずっとイヤだと思ってました」

「ワタシは再婚して幸せな家庭を作ってます。もしあなたがトルコに来たときは、ワタシの家に泊まってもいいですよ」

「ワタシの中であなたは死んじゃった人。もうワタシの人生の邪魔をしないで」

 どっちが邪魔してんだよ! と苛つきながら、それでも絶対に連絡をしないようにしていたら……。挙げ句に何をしてくれたかというと、ネットに私の携帯番号をばらまいた。

「ワタシは及川眠子の前のダンナです。及川さんはワタシに悪いことをいっぱいして逃げ回っています。だからこの番号に電話をして、ワタシに電話するように皆さんからも言ってください」

 それでも効き目がないことがわかると、今度はわざわざドメインを取ってホームページを立ち上げ、私がやった「悪事」を全部載せてやるという脅し。そのサイトはどうやら継続されているようで、私のプライベート写真(残念ながらリベンジポルノではない)を載せているみたいだ。ただそれだけ。悪事を説明出来るほどの日本語力もないし。

 明らかに犯罪。人としてやってはいけないことが、もう全然わかっていない様子。最近では、私が癌に罹って死にそうだと、周囲に触れ回っているらしい。

 今や完全に怒りを通り越し、呆れて笑うだけである。

 13年間、彼にとって私は保護者だった。どんなわがままを言っても、最後には許してくれる存在だった。その執着や期待、そして依存から未だに抜け切れていない。男と女であればとうにあきらめていた関係を、だけどきっと最終的には助けてくれる、という甘い考えを彼に植え付けたのは、やはり私がお母さんでいてしまったからだろう。

 幸せだった時期も、もちろんあった。楽しい思い出もたくさん。けれどもう受け入れることは無理だ。許すことや思い出すことは出来ても、おそらく彼に会うことさえもう二度とないだろう。

 私にとって、彼は過去にしかすぎない。あるときを境に、はっきりとそう確信出来た。

 人を愛することは難しいし大変だけど、それでもまた一から始めてみようと思えたのは、一人の男に出会えたから。私はその人に抱きしめられ、自分の中にまだ人を好きになる力が残っていることに驚いた。自分が未来への希望を失っていないこと、そして女である意識を捨てていないことに気付いた。どんなひどい目に遭っても、人はなかなか懲りないで、誰かに恋をするもんだ。

 もしかしたら離婚をしたのも、その人に巡り合うための布石だったとしたら、これがいちばんの「離婚効果」なのかもしれない。

 って、最後はノロケかよ(へへっ、そうだよん)。

 ***

及川眠子(おいかわ・ねこ) 1960年和歌山県生まれ。数々のシンガーに詞を提供するとともに、プロデュースや舞台の構成・訳詞、執筆等の活動も行っている。『淋しい熱帯魚』『残酷な天使のテーゼ』等ヒット曲多数。

新潮45 2015年9月号掲載

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