ワルに魅入られて出演した映画「凶悪」の“三悪人”鼎談 山田孝之×リリーフランキー×ピエール瀧

映画 週刊新潮

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 死刑囚の告発をもとに、雑誌記者は闇に埋もれていた保険金殺人を暴き出した――。その衝撃の顛末を綴るノンフィクション『凶悪―ある死刑囚の告発―(新潮文庫)が映画化。3人の出演者が“凶悪”座談会を決行、撮影秘話を明かしてくれた。

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 今、業界でひそかに注目を集めている映画がある。上映規模はさほど大きくないが、マスコミ試写は毎回のように「満席」。なかなか試写を観られないという声も相次いだ。スタッフだけでなく、映画のメインキャスト3人も、不思議な手ごたえを感じているようだ。

山田孝之(以下、山田) 映画に出演して、こんなに多くのメディアの取材を受けたのは初めてかもしれませんね。

リリー・フランキー(以下、リリー) 完成した映画を最初に観た時に、骨太で、しかも、ある種のエンターテインメントの匂いもする映画だなとは思った。だけど、なかなか試写に入れないという評判を聞いても、“ホントかよ、1回5人しか入れてないんじゃないの”くらいに思っていたんです(笑)。でも、今日の弁当を見て、本気で宣伝しようとしてると感じましたね。撮影現場の弁当とは高級感が全然違うもの。たぶん、試写を観た人たちの評判を聞いて、関係者たちが手ごたえを感じたんでしょう。

山田 いけるかもしれない、と。

 この作品で、事件の真相を追う雑誌記者・藤井修一を演じるのが、山田孝之。事件を告白する元暴力団組長の死刑囚・須藤純次が、ピエール瀧。そして“先生”と呼ばれる事件の首謀者・木村孝雄をリリー・フランキーが演じている。実際にあった保険金殺人事件に基づく、残虐な暴力シーン満載のこの作品に、3人はどう向き合ったのか?


リリー 「実話」がベースのフィクションということで、最初は引き受けるかどうか、逡巡しましたね。まだ風化するほど昔の事件ではないし、当事者や遺族も生きている。でも、そういう逡巡を解消できたのは、やはり台本が面白かったから。殺人犯役が、僕と(「あまちゃん」でお人好しの寿司屋の大将役が人気の)ピエール瀧と聞いて、この監督、ふざけてるのか、とは思いましたけど。

ピエール瀧(以下、瀧) 完全なフィクションだったら、人を引き裂こうが、内臓を食らおうが別に構わないと思うんです。でも、実在の殺人犯を演じることで、彼と一緒に手を汚した犯罪者や被害者の遺族と、間接的に繋がりができちゃう。それが嫌で、迷いはありました。でも、リリーさんからの電話で迷っていると伝えたら、「いいじゃない、やろうよ」と。リリーさんがそう言うのなら、と引き受けました。犯罪も、こういう風にして引き込まれていくんでしょうね(笑)。

山田 僕の場合は、「藤井」という記者のキャラクターの面白さに、まず惹かれました。藤井は、事件を追ううちに木村に対する怒りを募らせ、どんどん人が変わっていく。そういう役柄に挑戦できるのも嬉しかったし、実際にあった事件だから、ちょっと不謹慎な言い方ですが、ストーリー自体がすごく面白かった。リリーさん、瀧さんともこれが初共演。今回は、出演の“決め手”になる要素がたくさんありましたね。

「11段階に分かれた感情の変化」

リリー 藤井の役は、実際に演じてみると、台本では想像できないしんどさがあったんじゃない? 無言の時間も、すごく長いし。

山田 そうですね。藤井の何カ月間かに亘る変化を、映画のわずか2時間の中で演じ分けていく、そのバランスには苦労しました。最初、藤井はこの一件に興味がなかった。あるストーカー殺人を追いかけていたのに会社からストップがかかって、こちらを押し付けられた。死刑囚になんて会いたくもない。そういう、ゼロというよりマイナスからスタートして、だんだん興味を持ち出し、告発者・須藤との距離が近づくにつれて自分も同じような感覚に囚われ、木村のことが憎くて、途中からは殺したいとまで思い始める。自分は木村や須藤とは違う、あくまで「法」で裁くんだ、死刑にすべきなんだ、と考えるものの、最終的には木村たちと同じレベルにまで行ってしまうんです。

 カットがかかるたびに台本を全部読み返せれば、今、藤井の感情の高まりはどのあたりか捉えやすかったんでしょうけど、そんな時間はない。そこで、台本の、藤井の気持ちが大きく変化しているところに線を引いていったんです。このあたりはだいたい12%くらいかな、次の面会シーンでは、会社や家庭でこういうことがあって、新たな事件の証拠もつかんでいるから、たぶん26%くらいに上がっているはず……そんな風に区切ったら、最終的に全部で11段階になった。台本にそんな風に線を引いたのは初めてです。

リリー 全く興味がないところから、面識のなかった人物に殺意を抱く、というのは、すごい振れ幅だね。

山田 しんどかったですね。特に、拘置所に収監された木村に面会する映画のラストシーンは、最後の最後まで、どう演じようか決まらなかった。怒りが頂点に達して怒鳴り散らす法廷の場から、数カ月後の面会。その間に藤井の心境にどんな変化が起きていたら一番怖いのか、その点で迷いがあったんです。でも、芝居の「段取り」の時のリリーさんが何の衒(てら)いもなく普通にやってくるのを見て、木村を許さない、許さないと高ぶっていた藤井の感情も、もはや沸騰して気化してしまった、そう考えることにしたんです。

リリー それは感じました。なんかすごく「圧」はあるんだけど、脱力して肩の力は抜けている。目だけギラギラしている、みたいな。

山田 面会の場で木村は、「私を殺したいと一番強く願っているのは、被害者でも、おそらく須藤でもない」と言って、言葉にはしないが、挑発する。そう言われて藤井は動揺するのだろうか、と最初は考えていたんです。でも、「ハイ、そうですよ。あなたは死ぬべきだ」と平然と受け止める精神状態になっているほうが一番恐ろしいだろうと、その場で芝居の方向を決めました。

リリー 藤井が須藤の情状証人として出廷した法廷でも、「神様は俺に言いましたよ。生きて罪を償いなさいって」なんて殊勝に言う須藤に対して、藤井は「この世で喜びなんか感じるなっ! 生きてる実感なんか感じるなっ!」と叫ぶ。もうあのあたりから、須藤よりも先生よりも一番この事件に執着している“異常者”だよね。それが面会のシーンでは肩の力がすっかり抜けていて、さらに藤井の異常さが増したと思った。

山田 それが伝わるといいんですけどね。

「“殺し”の合間に『どうぶつの森』」

 藤井の内なる“凶悪さ”の一方で、殺人の実行犯である須藤はもちろん、司令塔である「先生」の凶悪ぶりの描写も半端ではない。とりわけ、リリーが大笑いしながら老人に何度もスタンガンで電気ショックを加え、アルコール度数96度のウォッカ「スピリタス」を無理やり喉の奥に流し込んで絶命させるシーンは壮絶だ。

リリー あれ、最初から「笑いながらやろう」と決めていたわけではないんです。暴行の演技を続けるうちに、自然に楽しくなってしまったんです。実際の暴行現場もそうなのかもしれないな、というのが実感です。

 ハイにならないと、人なんて殺せないんでしょうね? それに、須藤が単独で起こした殺人の動機は恨みやプライドの問題。そこには私的な感情が入っているから、激しい感情をむき出しにしながら殺しているけど、先生と組んでの殺人は「商売」「ビジネス」です。よく、「仕事は楽しくやったほうが良い」なんて言いますけど、そういう感じなのかもしれませんね。

リリー 特に電機屋の牛場さん殺しなんかは、家族からお願いされてやっているから、善意の第三者として、よかれと思ってやっている、というくらいの感覚なんじゃないか。

 人を追い込んだり暴力を振るうシーンは、最初のうちはすごく嫌でしたが、どんどんそれが麻痺していく。ぶん殴ったり蹴飛ばす時に、前に感じていた違和感がなくなっていくんです。

リリー 人を殺すシーンの後で、ただ喋っているシーンを撮ると、退屈に感じたりしてね。あのドーパミンの出方を覚えちゃうと。

 実際に殺人の現場を見たことは、もちろんないですが、おそらく、こういう感覚なんでしょう。

 そんな殺伐としたシーンの連続ながら、リリーと瀧が撮影中にハマっていたのは携帯ゲーム機。しかも意外なことに、プレーヤーが自然豊かな村の暮らしやイベントを楽しむ、ほのぼのとしたゲーム「どうぶつの森」だった。

 リリーさんも僕も、山田君と違ってプロの役者じゃないんで、現場では楽しくやっているんですよ。

リリー 役者でもない人間が、変に役作りしているのも鬱陶しいでしょう。俺らは“剥き身”でいくしかない。原稿書く合間にゲームをやって、また原稿を書く、みたいなものですよ。もちろん、芝居をしている時には集中しますけど(笑)。(ゲーム中の)我が家の庭には、瀧にもらった桜の木や梨の木も植えてあります。

山田 撮影現場でも、コンビニに行かなくちゃ、と気にしていましたよね。期間限定で配信されるアイテムを受け取るために。

 そう、店に行かないと受け取れない「おでんのなべ」をもらいにね。

リリー 山田君は映画のことを真剣に考えていたから、「どうぶつの森」には参加してくれなかったけど。

 一緒にやろうよと言って、「モンスターハンター」を買わせることには成功したんですけど。犯罪に引き込まれる時も、こんな感じでしょう。

山田 それから、打ち上げの時にお二人が言っていた話で、これは絶対に取材の時に披露しなくてはと思って、携帯にメモした話があるんです。エンドロールで流れる主題歌を「ゆず」とか「花*花」にしたら逆に面白いじゃないか、とか、ジャッキー・チェン映画やピクサーのアニメ映画みたいに最後に「NG集」を出そうとか。

リリー 言ってた、言ってた! 花*花の「あ~よかった」とか、「さよなら大好きな人」とかだと、逆に怖いかもって。この映画で最も流れないような曲がかかったほうが“凶悪”だよな、と。NG集もただのNG集じゃなくて、実際にはそんなシーンはないのに、ジャッキーみたいに山田君が建物の3階から日除けを突き破って落ちてきたりね。

山田 それを、スローモーションで映して……。

リリー 少しふざけたほうが、こいつら本当に凶悪だな、という感じになるかなと思ったんですよ。

「誰が一番『凶悪』だったか」

 以前、僕はラジオ番組で「監督が一番凶悪だった」と言ったことがあるけど、それは本当です。藤井を、つまり山田君を追い込んだのも監督なわけですからね。

 この映画の監督は、昨年他界した社会派監督・若松孝二(「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」「キャタピラー」ほか)に長年師事した、白石和彌(38)である。

リリー 監督は、残酷なシーンやインモラルなシーンを撮ることに、全くためらいがないんです。昨今、煙草を吸う場面があるだけでヤイヤイ言う人がいる状況のなかで、子どもの隣で平気でセックスさせるし、老人を生き埋めにするシーンでは、役者の顔の上に「どんどん砂かけてください」なんて言うんですよ。

 「どうやって撮るんだろうね?」と話していたら、「本当に埋めちゃいますよ」って(笑)。自宅で須藤と妻がパカパカまぐわっているシーンの撮影でも、隣の部屋に、監督はちゃんと子どもを置いておくんですよ。「監督、これカットで割ればいいんじゃないですか」と言ったけど、結局はワンカットです。師匠の若松監督譲りなのか、覚悟があるんだと思いましたね。

リリー ヨネ(須藤のムショ仲間・佐々木を演じる米村亮太朗)が橋の欄干から突き落とされるシーンでも、あの人、本当に川に落とす気じゃないかって、皆で話してた。

山田 役者に「このくらいなら、いけますよね?」って、あの監督なら言いそうですよね。

リリー どんな残酷なシーンでも、「いい映像が撮れた!」って、邪悪な顔でヘラヘラ笑っているんだよね。“手ごたえあり”みたいな満足げな表情で。肝の据わっている監督ですよ。細かい批判なんて、監督にしたらどうでもいいんでしょう。

 細かいところを観るというよりは、「気迫」を観る映画っていうのは、確かにありますよね。

リリー 有名な犯罪映画って、だいたい実録物ですよ。ギャング物など、ほとんど実録ですからね。昔は日本でも、猟銃を持って三菱銀行に立てこもったあの梅川昭美の事件が、わりとすぐ「TATT00〈刺青〉あり」という映画になったりしている。それが、倫理で映画や表現が締め付けられるようになった中で、減ってきた。今回の監督の肝の据わり方とかアプローチは、多少批判があったとしても、映画にはなくてはならないものだと思う。だって、映画って倫理を描くものではないからね。瀧は真面目だから、濡れ場に子どもがいたりすると、「あそこ、子ども要りますかね?」と、気になるわけですが。

 この作品のように、深い井戸を掘ってその奥を見せるような、つまりダークな世界をきちんと見せる作品が、確かに最近の日本映画には、あまりないように思います。

山田 読者の皆さんには是非この映画を観ていただきたいと思いますし、観た方々がそれぞれ社会について考えるきっかけになれば嬉しいですね。

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凶悪―ある死刑囚の告発―』「新潮45」編集部/編

記者にもたらされた告発。それは警察も知らない極悪殺人事件だった。白熱の犯罪ドキュメント。

人を殺し、その死を巧みに金に換える“先生”と呼ばれる男がいる──雑誌記者が聞いた驚愕の証言。だが、告発者は元ヤクザで、しかも拘置所に収監中の殺人犯だった。信じていいのか? 記者は逡巡しながらも、現場を徹底的に歩き、関係者を訪ね、そして確信する。告発は本物だ! やがて、元ヤクザと記者の追及は警察を動かし、真の“凶悪”を追い詰めてゆく。白熱の犯罪ドキュメント。