集落は× 別荘地は◎ 田舎暮らしの新しい提案――清泉亮(ノンフィクションライター)

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■充実の管理体制

 そうやって、にっちもさっちも行かぬ状況を脱し、新たに移り住んだのは、山梨県北杜市の八ヶ岳山麓である。地元不動産業者が、

「日本のワンツースリーが楽しめる」

 と喧伝する有数の別荘地帯。この「ワンツースリー」とは、富士山、南北アルプス、八ヶ岳という標高の高い山塊トップ3を指す。この地から、それらすべてを見渡すことができるのを売りにしているのだ。

 そうは言っても、私が転がり込んだのは廃屋同然の一軒屋である。気持ちが塞ぐこともあろうかと入居前は覚悟していたが、あにはからんや、長野での苦難が嘘のように充実した時が流れている。

 ダイヤモンドダストが陽光に輝く朝は、アカゲラが木をつつく、「ココン、コンコン」という小気味よい音で目が覚める。あたかも鼓を聞いているかのようだ。ウッドデッキに出て新鮮な空気を吸い込み、ストーブ代わりに使っているメキシコ製のチムニーに薪をくべ、湯を沸かす。標高が高いせいで沸点が低く、薪の火力でも湯が沸くのは速い。ガスとは違って湯が煮えたちすぎないので、コーヒーもうまい。誰にも容喙(ようかい)されず、ゆっくりと味わう贅沢。目の前の白樺に吊るした鳥の餌皿から、リスがヒマワリの種を拝借していく。

 夜になれば、星空には天の川(ミルキーウエイ)、軒先を鹿の群れがかすめて行く。気分は米ニューイングランドの郊外か、アフリカのサファリか。ここでは、凡庸な1日などありはしない。

 むろん、昨年までの集落暮らしだとこうはいかない。雪が降れば、朝の4時、5時から村民総出で雪かきとなる。遅れて6時に駆けつけようものならば顰蹙もの。冬場は連日の「お勤め」が原則で、アスファルトが覗くまで徹底的に“掃き清め”るまで作業は続く。

 これとは対照的に、別荘地での生活はすこぶる快適だ。車の往来にも支障をきたすほどの降雪なら、管理事務所に電話一本。融雪剤や滑り止め用の砂を持って、すぐに作業員や除雪車が駆けつけてくれる。

「長年に亘って、別荘オーナーの無茶な要望に慣れてるから、腰は軽いよ。東日本大震災の時には、みんなこっちに避難してきて、かつてない賑わいだったけど、人員が24時間常駐の管理センターがあって、なにかと安心だった。去年の大雪でも炊き出しをしてくれてね」(名古屋市出身の50代住人)

 こうしたサービスの原資は、移住者が支払う管理費である。この点、地元不動産業者は、

「都会から来る移住希望者は、別荘地に管理費があると聞くだけで拒絶反応が凄まじい」

 と怪訝な顔をするが、それは杞憂である。現に、私が支払っている管理費は年6万円弱で、これは長野で払っていた国民健康保険料1カ月分並み。実は、移住者と別荘地との間には、保守管理に協力するならば、管理費が半分になるという取り決めがある。協力と言っても大仰なものではない。道路に木が倒れていたり、電線が雪害を受けていたりといった、作業員だけでは目の届かないトラブルを報告する程度のものだ。

 しかもこの管理費は、管理センターから近いほど高く、離れればそれだけ安くなる設定となっている。我が庵はセンターから至近距離にあって管理費は最高レベルだが、この住環境でその金額なら、むしろ安いと感じている。

 それというのも、この6万円弱で、除雪作業や家周辺道路の管理に加え、ゴミ回収費までカバーするからだ。別荘地ゆえ、ゴミ出しも24時間OK。数十メートルごとに置かれた巨大なボックスには、出したいときに、それこそいくらでもゴミを投げ込むことができる。

 これとは別に、別荘税も徴収されるが、5000円でお釣りがくるレベルだ。税金を払っていれば、地域の温泉には割引価格で入浴できるという特典も付いてくる。当然のことながら固定資産税も課されるが、別荘の場合、都心住宅の比ではなく格安である。

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