娘を1人で産んだ妻「出産のとき、どこにいたのよ」夫は20歳美大生の部屋にいた 7歳年上妻の包容力を見誤った男の大いなる勘違い

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妻から突然の三行半

 それから1年後、基晴さんは妻から離婚を切り出された。妻が仕事に復帰してからすぐのことだった。その間も、彼は利絵さんと会っていた。会わずにはいられなかった。妻と娘に悪いとは思っていたが、自分の気持ちを抑えられなかったのだ。利絵さんは「月に2回だけにしよう」と理性を見せたが、彼のほうが我慢できなかった。

「会えば会うほど、体も気持ちもなじんでいく。こんな相性はめったにないんじゃないかと思っていました。僕は利絵の前では素でいられる。誰と一緒になっても同じだなんて、そんなことはないんだと初めて知ったんです」

 だが離婚を切り出されて、彼はあわてた。妻から離婚を言い出すとは思っていなかったのだ。なんだかんだ言っても夫婦関係は続いていくのだろうと高をくくっていた。妻は年上だし包容力があるはずだという気持ちもあったのかもしれない。

「だから僕は抵抗したんです、離婚はしたくない。娘と離れたくないと。それは本心でした。娘はかわいくたまらなかった。でも妻は『あなたは私が出産したとき、どこにいたのよ』と。すべてバレていました」

利絵さんからも…

 もめごとは長引き、言い争いになったり顔さえみないまま数日が過ぎたりしていた。それでも基晴さんはときおり利絵さんのところに行った。自分でも疲れていると思っていたから、利絵さんは何も聞かずともすべてを察していたのだろう。

「ある日、利絵のところに行ったらもぬけの殻でした。数日後、『あなたが疲れていくのがつらかった。もう会わない』とメッセージが来た。利絵が身を退いたのはわかるけど、僕を本当に好きならしがみついてほしかった。なんだか疲れてしまって返信もできなかったですね。もう何もかもどうでもいいという気持ちになり、離婚届にサインしました。すべてを手放してしまいたかったのかもしれません」

 慰謝料なんていらないからと妻は言った。養育費は毎月、振り込む。それだけを約束して彼は賃貸マンションを探し、家を出た。

 30歳だった。利絵さんが在学している大学へ行って探そうと思ったが、そうしないのが彼女のためだと思い直した。娘のために少しでも養育費を多く送ろうと、彼は必死で働いた。妻は娘には会わせてくれない。何度も頼んだが、「娘が具合が悪くなった」「私の都合がつかない」とことごとくご破算になる。家裁に訴えることもできたが、それが元妻と娘の負担になるだろうと控えた。

 ***

 記事後編では、妻子と離れることになった基晴さんに訪れた、利絵さんとの思いがけない再会を紹介する。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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