娘を1人で産んだ妻「出産のとき、どこにいたのよ」夫は20歳美大生の部屋にいた 7歳年上妻の包容力を見誤った男の大いなる勘違い
【前後編の前編/後編を読む】「夫とは一度も寝室をともにしていない」再会した元恋人の相手は40歳上の金持ちらしい 別れと不倫を繰り返す男女の15年
何度別れても出会ってしまう男女がいる。そうなれば、不倫の定番「運命の人」だという思い込みも激しくなるのは当然だ。だが、いざ一緒になろうとするといろいろな横やりが入ったり状況が変わったりしてうまくいかない。それもまた「運命」とは受け入れられず、ふたりは抗いながらも時を待つ。そうしているうちに少しずつ空気が変わり、どちらかの情熱が失われていく。さみしいけれど人間は現実的な生きものなのかもしれない。
「うーん。でもそういう考え方、僕は受け入れられない」
田川基晴さん(43歳・仮名=以下同)は苦笑しようとしたのか、少し歪んだ表情でそう言った。15年にわたって愛している人がいるのに一緒にはなれず、その間、彼は2度も結婚しているのだという。
「彼女がいるのに結婚したわけではないんですよ。最初の結婚をしたとたん、彼女に出会ってしまったんです。あれはまさに運命だった」
【後編を読む】「夫とは一度も寝室をともにしていない」再会した元恋人の相手は40歳上の金持ちらしい 別れと不倫を繰り返す男女の15年
最初の結婚は「どうしてもというわけではなかった」
基晴さんが最初に結婚したのは28歳のときだ。ひどい言い方かもしれないが、どうしても結婚したい相手というわけではなかったと彼は言う。半年ほどつきあった7歳年上の女性が妊娠、責任を迫られて結婚に踏み切った。
「相手を嫌いだったわけでもないし、当時は、誰と家庭をもってもあまり変わらないんじゃないかと思ってたんです」
それは親からよく言われていた言葉でもあった。地方の県庁所在地の町に生まれ育った彼の両親は見合い結婚だった。会ったその場で、ふたりは結婚を決めたと聞かされた。親戚を通した見合いで断りづらかったこともあったが、「添うてみれば案外、うまくいくものだ」とみんなに言われたのだという。
「『おとうさんはまじめな勤め人だったし、私は6人きょうだいの長女。小さいころから家事や子守ばかりさせられていたから、主婦としては申し分ない。お互いにそう相手について聞いていた。生活のための結婚としてはよかったのよ』と母はよく言っていました。お互いにラッキーだったんでしょうね。父はなかなかの人格者で、人を下に見るようなことはない。母は気立てが優しいから、父によく尽くしていましたよ。父は母の言うことは素直に聞いていました。だから父は僕が大学入学のために上京するとき、『いつか結婚するかもしれないけど、性格さえよければ誰でもいいんだ。あとは生活しているうちにうまくいく』と話してくれた。そのころは、まさかと思っていましたけどね。もうちょっと恋愛にロマンを見いだしたかったから。でも大学時代、恋愛めいたことを何度繰り返しても、なかなかうまくはいかなくて」
そんなとき居酒屋でたまたま隣り合った女性グループと意気投合して飲み明かした。その中のひとりとつきあいはじめ、半年後に結婚を決めたのだ。彼女は当時、35歳で妊娠がわかったとき「私はひとりで育てる。もうこれが子どもをもつ最後のチャンスかもしれないから」と言った。
「どうしてひとりで育てるなんて言うんだよ。オレの子だろと言ったら彼女、泣き出して。すぐに婚姻届を出して、彼女の部屋で新婚生活を始めました。彼女、すでにマイホームを購入していたので、友人には『おまえ、逆玉だな』なんて言われましたが」
彼女は善人だったと基晴さんは言う。だからこれでよかったんだ、生活しているうちにすべてが合っていく。父親の言葉を反芻しながら納得していた。
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