「人気企業ベスト10に入り、倍率100倍だったが…」 なぜ新聞社に優秀な人材が集まらなくなった? 「ポエム記事も増加」
「職人の集まりを“普通の会社”にしてしまった」
また、新聞社に入社する若者の内面にも変化が。
「ジャーナリストとして大成したいというより、会社員として出世したいという人が増えた印象です」(鮫島氏)
この傾向の決定打となったのが「働き方改革」だ。
「記者は“職人”で、新聞社は特殊な世界であるはずなのに、一般社会と同じコンプライアンスや働き方改革を持ち込んでしまった。職人の集まりを“普通の会社”にしてしまったわけです。記者の仕事は労働時間とは関係がない究極の成果主義ですが、これに徹してこなかったことが、取材力や表現力の低下につながっていると思います」(同)
また、「社説」にしらける向きも多いのではあるまいか。手近な新聞を取り上げれば〈ウクライナ侵攻 交渉再開で停戦目指せ〉(9月10日付朝日新聞)なるご高説が。締めの一節は、こうなっている。
〈侵攻は4年半を超え、第1次大戦より長びいている。プーチン氏に現実を直視させ、停戦に応じさせるよう米国には本腰を入れてもらいたい〉
実はこれでも控え目なほうである。〈本腰を入れてもらいたい〉と希望を述べているだけだからだ。“本領”ともいうべき威勢のいい社説の見出しを並べると、
〈米国は対イラン戦の袋小路を直視せよ〉(8月29日付日本経済新聞)
〈プーチン演説 歴史を誇る資格はない〉(5月12日付朝日新聞)
〈侵略やめぬプーチン氏 「力の支配」限界知る時だ〉(5月13日付毎日新聞)
こうした社説では、米トランプ大統領や露プーチン大統領に対し、さかんに「~せよ」と怪気炎をあげている。当人たちは読むはずがないのに、である。
「啓蒙に貢献するジャーナリズムが必要」
「物申す系の社説も無意味ですよね」
と、西田氏はあきれる。
「各国の領事館では社説を分析しているのかもしれませんが、日本の世論形成において何の影響力もない。普通に考えて、日本人の行動の変容にはつながりません」(同)
そして、現在求められている新聞の在り方を次のように語る。
「私は10年前から、SNSやAIによって情報が溢れている時代には、整理、分析、啓蒙に貢献するジャーナリズムが必要だと主張しています。正しい情報と誤った情報を腑(ふ)分けするのが整理で、大量のデータから意味を摘出するのが分析です」(同)
啓蒙とは何かというと、
「これまで読者に伝えてこなかった正しい知識や視点を提供することです。これ以上、ポエム記事や社説のようなくだらないコンテンツが増えるのであれば、新聞の存在意義はなくなると思います」(同)
まずは“新聞を啓蒙せよ”ということか。
前編では、全国紙の取材力が低下した背景や、「誤報問題」などについて報じている。
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