京アニOBが、事件で亡くなったアニメーターの功績を“実名を挙げて”語り続ける理由 「池田晶子さんは年下ですが、ロボットの絵を褒められたことがあります(笑)」

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 2019年に起こった京都アニメーション(以下、京アニ)放火殺人事件は、36人の犠牲者を出し、社会に大きな衝撃を与えた。京アニは「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」「響け!ユーフォニアム」など、数多くの名作アニメを世に送り出した、日本トップクラスのアニメーターを擁するクリエイター集団である。

 事件発生から7年以上が経ち、亡くなったクリエイターがいかに凄かったのか、京アニクオリティーと呼ばれる高度な表現はなぜ実現し得たのか……といったテーマについて、語られる機会は少なくなっている。また、亡くなったクリエイターの実名を挙げて、その功績が語られる機会はさらに少なくなっているのが現状だ。【取材・文=山内貴範】(全2回のうちの第2回)

実名を挙げて功績を伝える

 33年もの長きにわたって京アニに所属し、アニメーターとして第一線で活躍した上宇都辰夫氏は、講師を務める「大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校」の授業の中で、時おり同僚で友人だった京アニのクリエイターについて、敢えて実名を挙げて話をしている。そうすることで、功績や技術を伝承する取り組みを行っているという。

 事件で亡くなったアニメーターのなかで、上宇都氏がこれまでに印象深い存在として言及しているのが、京アニを代表するアニメーターであり同社が躍進する原動力となった木上益治氏、そして「涼宮ハルヒの憂鬱」や「響け!ユーフォニアム」でキャラクターデザイン・総作画監督などを務めた池田晶子氏である。

 今回、上宇都氏に、木上氏と池田氏の才能と、生み出す絵の凄みについてアニメーター目線から語ってもらった。また、上宇都氏が講師として情熱を傾ける、若手アニメーター育成の取り組みについても話を聞いた。

木上益治氏は京アニの作画の神様

――京アニにとって転機になったのは、木上益治さん(事件に巻き込まれ、61歳で死去)の入社といわれていますね。木上さんといえば、「ドラえもん」や「AKIRA」、スタジオジブリ作品などで原画を描くほど、すでに東京で実力が高く評価されていたアニメーターだったと聞いています。

上宇都:そうですね。1991年に木上さんが入社し、作画のレベルアップが図られました。それまではテレビアニメ1話を受け持つだけのスタッフもそろっていなかったのですが、ロードマップが完成してきて、未来が見えてきたのです。木上さんが作った土台をもとに原画のスタッフが育っていったのが、京アニ躍進の原動力になったといえるでしょう。

 また、東京だと大手以外はスタッフがフリーランスで、作品ごとに出たり入ったりが激しいのです。京アニは地方で社員制を早くから導入して、スタッフが固定化していたのが大きかった。木上さんから教わった社員がその技術を若手に教えていく、理想的な技能の継承ができるようになったのも大きいでしょう。

 この頃から社内には、地方だからこそ東京に負けない力をつけようという気構えが出てきていたと思いますね。

――木上さんの教育方法はどのようなものだったのでしょうか。

上宇都:一言で言えば、手取り足取り教えるようなガッツリ系ではなく、“俺の背中を見ろ”的な人です。教えることに決して積極的ではないけれど、やる気がある人が質問をすると、凄く丁寧に教えてくれる人でした。

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