京アニOBが、事件で亡くなったアニメーターの功績を“実名を挙げて”語り続ける理由 「池田晶子さんは年下ですが、ロボットの絵を褒められたことがあります(笑)」
全然、売れたいという欲がない
――以前に「デイリー新潮」で取材した京アニOBの斎藤敦史さん(注:「ひろがるスカイ!プリキュア」「ラブライブ!スーパースター!!」などのキャラクターデザイン・総作画監督などを務めたアニメーター)も木上さんの教えを受けた方で、その凄さを語っていました。京アニと縁がなくても、木上さんをリスペクトしているアニメーターは多いです。
上宇都:木上さんは日本のアニメ界でもトップ20に入るほどの才能の持ち主だと思いますが、奥ゆかしい方でしたし、全然、売れたいという欲がないんですよ。“ザ・職人”という感じの人。それでいて、誰一人、京アニのスタッフがかなわない。京アニの作画の神様と呼ぶにふさわしい人です。
木上さんはレイアウト(注:絵コンテをもとに描かれる、アニメの画面の設計図)を描くのが特に上手い。新人や慣れていない人は1日に1カット描ければいいほうなのですが、木上さんは1日に20カットを描いてしまう。まさに、“上手くて早い”を地で行くような人でした。
――まさに、アニメーターになるために生まれてきたような方ですね。
上宇都:もし、木上さんが本気を出してフリーで仕事をしたら、とんでもないアニメを作っていたと思いますが、仲間とともに作りたいという気持ちが強くありました。
京アニの画風を作った池田晶子氏
――上宇都さんは京アニの黎明期から躍進をリアルタイムで見てきた、稀有なアニメーターでもあります。木上さん以外に印象に残ったアニメーターを挙げるとすると、どなたでしょうか。
上宇都:印象に残っているアニメーターは、石原立也くん、武本康弘さん、北之原孝将さん。彼らは本当に凄いと思いますね。武本さんは監督としても優秀で、事件で犠牲になったことが惜しまれます。
そして、忘れられないのが池田晶子さん(事件に巻き込まれ、44歳で死去)。1996年に池田さんが入ってきてから、作画部門が順調に回るようになりました。なおかつ、京アニが全国区になったきっかけは、池田さんの絵の力が大きかったと思います。
――池田さんの絵が注目されたきっかけは何だったのでしょうか。
上宇都:当時、アニメ「犬夜叉」の一部の話数を京アニがグロス受け(注:アニメ1話分を元請けから委託され、制作すること)したのですが、作画監督を務めた池田さんの描く絵が良いと、ネットで評判になったのです。絵がかわいい、かっこいいという話が盛り上がって、いい感じに評判が広がりました。
これが、下請けだった京アニの名が売れ出したきっかけだったと思います。当時はネットが普及し始めた頃だったので、社内でもアニメファンの声に敏感でした。反響があるとやっぱり嬉しいですし、やりがいも生まれますからね。「犬夜叉」のグロス受けをしたスタジオは他にもありましたが、その中でも頭一つ抜けられたのかなと思っています。
常に努力を惜しまない
――池田さんの絵の凄さはどんなところにあるのでしょう。
上宇都:特徴的な部分としては、絵のかわいさとかっこよさに揺るぎがないのです。そして、仕事をしながらでも常に参考資料を見ながら研究しているんですよ。アニメーターなので当然と言えば当然ですが、現場にいる人でもしょっちゅう勉強している人って少ない。しかし、彼女は常に勉強していましたからね。
――研究と努力を惜しまないと。
上宇都:とにかく、絵を描くことに関しては手間暇を惜しまない。その姿勢がキャラクターデザインや作画監督の仕事に生きてきたと思います。一方で、彼女もメカニカルな描写は苦手意識があったようで、私は「フルメタル・パニック! The Second Raid」で原画をやったときにロボットの絵を褒められたことがあります(笑)。
池田さんは年下でしたが、本当に尊敬できる人です。絵に関してもそうですし、意見があれば上下関係を気にせずはっきり言うタイプで、正論で的確なことを言う人でした。それでいてスタッフの絵も全部見ていて、常にクオリティに気を配っていましたね。
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