阪神が名前を伏せた「ミスターX」とは? 史上最下位18位指名も…知られざるドラフト秘話
ドラフト1位指名から1年足らずで、球団名が東映、日拓、日本ハムと次々に変わった新人王。史上最下位となる18位指名。そして、阪神が名前を伏せて「ミスターX」と呼んだ高校5年目の右腕……。【久保田龍雄/ライター】
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ドラ1指名から1年で球団名が3度変わった新人王
1965年に始まったプロ野球ドラフト会議には、60年以上の歴史の中で、思わず誰かに教えたくなるような珍記録や意外なエピソードが数多く残されている。10月22日の今年のドラフトを前に、そんな“ドラフト版トリビア”を紹介する。
ドラフト1位指名から1年も経たないうちに、所属球団の名称が3つに変わるという異色の経験をしたのが、1973年のパ・リーグ新人王・新美敏だ。
PL学園時代に夏の甲子園準優勝投手、日本楽器でも都市対抗優勝投手となった20歳のドラフトの目玉は、72年のドラフトで3番くじ(当時は予備抽選制)を引いた東映から1位指名された。
「好きでないパ・リーグ。しかも、一番好きでない東映とは最悪だ」
当初は入団に難色を示した新美だったが、瓜生秀文スカウトが熊本の実家を訪問し、誠意をもって説得。「お世話になります」と入団を承諾した。12月25日の入団発表では「新人王を狙いたい」と宣言している。
ところが、ここから思いもよらぬ運命の変転に翻弄されることになる。
翌73年1月16日、年間3億円に上る赤字経営を持て余した東映が、住宅販売の日拓ホームに球団を売却。新美は“東映最後のドラ1”から、日拓のルーキー第1期生となった。
同年、新美はプロデビュー戦となった4月17日のロッテ戦で完封勝利を挙げるなど12勝を記録。公約どおり見事、新人王に輝いた。73年は54試合に登板し、12勝13敗、防御率3.65の成績を残している。
そんな矢先、今度はパ・リーグの将来を不安視した日拓が11月19日に球団を手放し、日本ハムへ身売りする。
前年のドラフト会議が11月21日だったため、新美はドラフト1位指名から1年足らずで、所属球団の名称が東映、日拓、日本ハムと変わったことになる。
こんな経験をしたドラ1、新人王は、後にも先にも新美一人である。
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