【決定版】「オール沖縄」はなぜ完敗したのか…保革連合からの変質、“辺野古転覆事故”の影響だけではない「玉城デニー」が敗れた“不都合な真実”
沖縄県知事選挙が終わった。「僅差の対決」という事前の予想を裏切るかのように、保守系新人の古謝玄太氏の圧勝だった。
現在の筆者は、安堵と不安がない交ぜになった、なんとも言えない気分である。翁長雄志、玉城デニーと続いた「オール沖縄」の時代は、ひとまず終焉を迎えた。何が起きたのか、そしてこれから何が起こるのかを、手元の数字に即して整理しておきたい。
なお、この選挙結果を機に、基地問題も含む「沖縄問題」(沖縄社会と沖縄政治に関わる諸問題)から完全に手を引こうと思っているが、先行きがどうなるか、神のみぞ知るところである。【篠原章/批評家】
(全2回の第1回)
【写真を見る】言葉を詰まらせ、手を震わせながら応援演説に臨む古謝玄太候補の妻・亜希子さん。地元では「選挙結果を左右する」ほどの注目度だという。
「オール沖縄」とは誰だったのか
2026年の沖縄県知事選挙は、単なる知事の交代ではなかった。2014年以来、12年にわたって沖縄政治を支配してきた「オール沖縄」という枠組みが終わり、新しい世代へ主役が交代した選挙だった。
古謝玄太氏は42万3124票、得票率59.4%を獲得した。玉城デニー氏は27万6060票、38.8%。その差は14万7000票に達した。古謝氏は大宜味村を除く40市町村で勝利している。
42歳で歴代最年少。初めての本土復帰後生まれの知事であり、得票数も歴代最多である。これほど大きな勝利を、候補者の人気や一時的な追い風だけで説明することはできない。以下、何がこの結果を用意したのかを、順を追って見ていきたい。
分析に入る前に、敗れた側が何であったかを確認しておきたい。ここを押さえておかないと、今回の結果は理解できない。
翁長雄志、玉城デニーの両知事の政治的スタンスは、もともと「保守」の側に属していた。沖縄における保革連合を「オール沖縄」と呼んだのは、そのためである。保守政治家である翁長氏を革新勢力と保守系経済人が共に担いだ――そこにこの枠組みの新しさがあった。
ところが、翁長氏逝去後の18年以降は、保守側に出自を持つ者は(民主党出身とは言え小沢一郎と一時昵懇の間柄にあった)玉城デニーぐらいで、他はベ平連のような市民団体や新左翼の出身者を含む活動家や日本社会党の残党、そして現役社民党員・共産党員だった。連合組合員もいたが、そのほとんどは公務員・教員であり、古典的な左翼性が強いマジメな「活動家」だった。
つまり18年以降の「オール沖縄」は、名称に反して、すでに保革連合ではなくなっていた。実態は旧来型の革新共闘であり、そこに玉城デニーという個人の人気が乗っていたに過ぎない。金秀グループやかりゆしグループといった経済界が離れ、名護や那覇で保守系の首長が次々に生まれていったのは、この変質と表裏一体である。今回の敗北は、この8年間の変質が最後に表面化したものだと見た方がよい。
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