「皇居ラン」はいますぐ禁止すべきか? “猛スピードで駆け抜ける”“歩行者に配慮しない”は論外だが…競技ではなく“生活文化”としてのスポーツを考える
皇居はジョガーの聖地
それを聞いて、茫然と市長室を出た。すると、同行してくれた市の職員の方が憤然と言った。「スポーツは文化です。いまの理屈、私は納得できません」。
彼はごみ処理施設新設の関連部署に掛け合い、工法を変えることで野球場を資材置き場にする必要のない策を実現してくれた。その甲斐あって、いまも野球場は残っている。けれど、こうした理屈で、スポーツを楽しむ環境は、次々に消滅しているのが実態だ。神宮外苑の再開発に伴って《銀杏並木》が伐採されると知って多くの人たちが反対している。だが、その先にある軟式野球場が新たな計画図にはもう存在しないことを問題にする人は少ない。
皇居の周りを走るのはダメなのか?
どうしたら、皇居の周りを走ることが歩行者にも微笑ましい風景として歓迎してもらえるだろうか。ひとつの手がかりは、あの場所がジョガーたちの聖地になったはじまりのころの風景を思い起こすことかもしれない。
もちろん70年代にだって、「1周20分を切る!」という目標で疾風のように走る猛者もいた。だが一般のジョガーたちの目的はタイムがすべてではなかった。仮にタイムの更新を目指したにしても、当時のビギナーたちは危険を感じさせるスピードでは走れなかった。ランナー全体のレベルが上がり、危険が増したのかもしれない。
皇居の周りはジョギング・コース
ひとつの手がかりは、皇居の周りは「ジョギング・コースだ!」という認識ではないだろうか。ハイスピードを目指すトレーニングは競技場かクロスカントリーコースでするべきだ。
いまやほぼすべての公園でキャッチボールは禁止されているが、仮にキャッチボールが許されたにしても、他の利用者もいる公園で硬球を使い、時速140キロメートルを超える快速球を投げるだろうか。上級者の良識がそれを自制するだろう。だがもしかしたら、皇居の周りではそうした良識が曖昧になっているのかもしれない。
いまも「皇居一周ランニングがオフタイムの楽しみ」という知人に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「皇居は、ところどころに広場やトイレがあり、練習の場としてもってこい過ぎるんですよね。
ただ、個人的には、速いスピード練習などはなるべく人の少ない時間帯の神宮外苑の周回コースや人気のない東宮御所の周回を利用し、ロングのジョグなどで皇居、という感じで考えています」
こうした見識が広がり、皇居の周りでは、「速く走ること」でなく、「皇居の周りを走る楽しさが目的」、そういう不文律が共有されたら、改善されるのではないかと期待する。ランナーたちが自ら声をかけ合い、新しい約束を利用者たちの輪で生み出してもらうのが一番だと思う。





