大滝詠一の才能を信じた男たち 「難解」とされたはっぴいえんど、“誰からも相手にされない状態”からミリオンを達成するまで
「CMソングをやりたい」
その後、「CMソングをやりたい」と言い出した大滝は、CM制作会社「ON・アソシエイツ」の大森昭男氏と知り合う。宣伝用楽曲候補の中から「表通り」(その後「ウララカ」と改題)を聴いた大森氏は、瞬時に「これからは大滝さんで行こう」と言ったという。
「ソロ・アルバムを72年出したものの、大滝は、73年、74年と自身のアルバム制作をしませんでした。その代わりか、CM音楽に全力をつぎ込んでいましたね。そのキッカケとなったのは、大森さんが大滝に依頼したアサヒビールの人気商品『三ツ矢サイダー』のCM曲だったと思います」(当時を知る音楽関係者)
その曲とは「三ツ矢サイダー'73」のこと。当時、大森氏は「資生堂ディスカラー」「資生堂サマーローション」「日立キドカラー ポンパ」「グリコ コメッコ」「ブルボン ココナッツコーン」「三菱電機 JEAGAM」など、十数本のCM曲を大滝に依頼したという。だが、クライアントの覚えはめでたくなかった。
「まだ世間は大滝のことをよく知らず、中には楽曲の差し替えを言い出すクライアントもあったようです。実際に『資生堂サマーローション』のCM曲はボツになり、『サイダー73』もボツになりかけたとも聞きます。けれども、大森さんが大滝の作品をCMに使うことにこだわったからこそ、その後の大滝サウンドに結びついた側面はあるのではないでしょうか」(前出の音楽評論家)
実際、大滝自身が「大滝ポップスの最初の完成作品」と自負したのが「サイダー74」だった。自著「オール・アバウト・ナイアガラ」(81年=八曜社刊)に〈(この曲には)“はっぴいえんど”も、2年後の『夢で逢えたら』、6年後の『ロング・バケーション』も、全てが含まれていると思います〉と記している。
「『サイダー74』は、伊藤アキラが作詞し、大滝は多羅尾伴内と言う別名で曲を書き下ろした曲ですが、ドラムを林立夫、ベースが細野晴臣、キーボードが松任谷正隆、ギターが伊藤銀次、さらに山下達郎がハーモニカで加わり、コーラスがシュガー・ベイブとシンガーズ・スリーと、実に豪華なメンバーでした。大滝が目指していた“ナイアガラ・サウンド”はこの曲で産声をあげたと言っていいかもしれません」(音楽関係者)。
ちなみに山下達郎が作曲した「サイダー76」を除く「サイダー77」まで、大滝は同シリーズを担当。また、多羅尾伴内と言うペンネームは、大映・東映のミステリー映画「七つの顔を持つ男」シリーズ主演の片岡千恵蔵扮する探偵の名に由来する。エンジニアをするときの別名に、笛吹銅次というものもある。
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