「そうか、これが“がんになる”ということか」…膵臓がん患者が、自分より高齢の入院患者を妬ましく思った瞬間 病人同士を隔てる“深い溝”とは【第5回】

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モラトリアムの終わり

 大学卒業後、テレビ局で数多くのドキュメンタリー番組や教育番組の企画・制作に携わり、退職後は大学でメディア論について教えてきたY・Jさん(62)。その日常は、2024年7月に大きく変化しました。最初の宣告からまもなく、Y・Jさんは入院し、手術へと臨みます。【Y・J/大学教員、映像作家】

※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。

 宣告を受けてからの1週間をモラトリアムだったと書いたが、モラトリアムがモラトリアムだとわかるのは、モラトリアムでは無くなってからのことだ。

 最初の宣告を受けてから1週間後、私は都心にある病院に出かけた。CTでがん細胞だと疑われた部分がほんとうにがんなのか、内視鏡手術で細胞を直接採取し、検査するためだった。

 体の負担は少ないが、2泊3日の入院が必要とされた。

 私は少し浮かれた気分で病院に行った。

「最悪の妄想をしつつも大したことがなかった1週間」という“実績”、そして爽快な青空と騒がしいセミの声に高揚感を覚えていた。この前に入院したのも15年以上昔のことで、珍しい経験を楽しみつつ、配信で映画を見まくろうと考えていた。旅行気分だ。

――しかし、それは強がりに過ぎず「がん世界の住人である」という現実をできるだけ感じないようにしたいという心のバリアだったと思う。一方、入院は揺るがない現実だった。

人生で感じたことのない心の動き

 最初は病室だった。壁に設置されたたくさんのバルブや電源、ナースコールのボタンが、視覚的に「自分が病人である」ことを自覚させてくれる。続いて入院食の匂いや、どこかから聞こえる点滴の制御アラート。ベッドには転がり防止の柵があるが、外したらナースにたしなめられてしまい、そうした小さい出来事のひとつひとつが、じわじわと胸に押し寄せてくる。

 幾度となく入退院を繰り返した今となってはあまりに初心だったと思うが、入院して1時間ほどでカラ元気の高揚感は萎んでいった。

 初日の夜、その後のがん生活に影響を与える出来事が起こった。

 私が入院したのは4人部屋の通常ベッド。ほかの3台のベッドも入院患者が使用していて、どうやら年齢は私よりもかなり上らしい。それだけでなく、ナースとのやり取りから、どのような病状で入院しているのかも、ある程度は推測できてしまう。何人かは私よりはるかに高齢であるが、病状は軽いということが感じられた。

 そして私は「がんではなさそうな高齢の入院患者」を羨ましく、妬ましく思っていることを自覚した。

 それまでの人生で感じたことのない心の動きだった。自分でもとても驚いた。がん世界と非がん世界の違いは病人か健康かの違いではないという事実。治癒が前提の病人と、完治が難しい病人の間に横たわる深い溝。そんなものがあるなんて考えたことがなかった。

「そうか、これが“がんになる”ということか」と思った。

「面倒な感情だな」とも思った。これから友人や仕事仲間と関係を続けようと思ったら、どこかで彼らと自分を比べて嫉妬したり、自分を憐れんだりしてしまうに違いない。その感情に潰されないように、こなさないといけないと思った。どうすればいいのかはわからないが。

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