想像以上に奥深い“ギミック・レスラー”の裏事情…戦後最大の政治疑獄をネタにしたレスラー「ブラック・ロッキード」の誕生秘話 「国際プレスによる東スポへの意趣返しだった」

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 お菓子やファストフードではないが、プロレス界にも“期間限定”のレスラーが存在する。例えば映画「スターウォーズ(第1作)」公開の翌1978年、メキシコでは「ザ・ロボットC-3」「ザ・ロボットR-2」なるマスクマンコンビが登場。覆面、コスチュームともに、同映画の人気ロボット「C-3PO」と「R2-D2」をあからさまに模した出で立ちだった。しかし2年もせず、両者ともマスクを脱がされ、終了した。「カツヤ・ID・ノムラ」なるマスクマンもいた。こちらは元プロ野球選手・高野忍のプロレスデビュー2戦目の相手で、高野のデータは全てインプットしてあるという、まさに野村克也監督ばりの触れ込みだったが、出番はこの試合のみであった(※1)。その場限りの話題性を利用するギミック・レスラーだったのである。今からちょうど50年前の1976年にも、こんな覆面レスラーが、日本の国際プロレスに現れた。

「ブラック・ロッキード」

 この年に起こった「ロッキード事件」をパロディにしたもので、当時のパンフレットの選手紹介欄にはこうある。

〈なんとも、日本人の感情を逆なでするような、嫌みなリングネームである〉

 マスクの横には、事件のモチーフである飛行機が刺繍されていた。ところが、この時、プロレスを主要コンテンツとする「東京スポーツ」紙は大騒ぎとなっていた。担当記者は、上からこう厳命されたという。

〈「国際(プロレス)に行ってストップをかけろ!」〉(※2)

 言われた記者も、同選手登場時をこう回想する。

〈心臓が止まるほどの衝撃だった〉(門馬忠雄)

 果たして、ただの風刺にしか見えぬ「ブラック・ロッキード」選手出現が、なぜ、こんな騒動となったのか。プロレス界の隠された裏面を紐解きたい(文中敬称略。役職は当時)。

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