夏の甲子園、決勝進出校はともに6投手起用…智弁和歌山と健大高崎が10カ月で「勝てるチーム」に変わった理由

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エースを温存したまま次の試合へ

 健大高崎は以前から一人のエースに依存しない投手運用を特徴としてきた。故障予防への意識がさらに高まったのは2024年。春の選抜では2年生だった佐藤龍月(現・オリックス)と石垣元気(現・ロッテ)の好投を軸に初優勝を達成したが、夏を前に佐藤が左肘を故障し、トミー・ジョン手術を受けて長期離脱を余儀なくされた。チームはその後、肘への負担を測定できる機器を導入するなど、故障予防に力を入れている。

 今大会の起用法を見ると、その姿勢がよく分かる。エースの石垣聡志(2年)は1回戦の八幡商戦で117球を投げて完投。準々決勝の有明戦では延長10回を110球で投げ切った。ただし、全試合を石垣中心で組み立てたわけではなかった。

 2回戦の東海大甲府戦では4番の佐藤麻恩(3年)が先発して6回無失点。北田莉玖(2年)、石垣へつないで1対0で勝利した。

 より象徴的だったのは3回戦の佐野日大戦だ。石垣を登板させず、1年生左腕の大橋叡刀から新倉大輝(3年)、北田、石田翔大(3年)と4人を投入して4対1で勝利。エースを温存したまま次の試合へ進んだ。

 準決勝の天理戦では再び佐藤が先発。9回に北田から石田翔、最後は石垣へつなぎ、1対0で逃げ切った。9回だけで3投手を起用して完封したのは春夏を通じて史上初。6試合で6人を登板させながら、石垣への負担集中を避けている。

先手先手で動いている

 複数投手を実戦で機能させる上では、受ける捕手の力量も重要になる。

 智弁和歌山では山田凜虎(3年)が扇の要を務めた。準決勝の横浜戦では和気、久葉を低め中心の配球でリードし、打者ごとに野手へ守備位置を指示。強力な横浜打線を1点に封じた。打っても織田翔希(3年)から同点適時打を含む2安打を放っている。

 健大高崎の大岩翔斗(3年)もタイプの異なる投手陣をまとめた。4投手をつないだ佐野日大戦後には、日々のバッテリーミーティングで相手打者の特徴と各投手の球種、コンディションを確認していると説明している。強みは投手の人数ではなく、複数の投手を実戦で機能させる仕組みまで整っていた点にある。

 甲子園出場経験を持つ高校の監督は、投手運用についてこう話す。

「他のチームは何か起こってから継投しているように見えますが、智弁和歌山や健大高崎は先手先手で動いてきますね。外から見ているとそういうことに気がつけるのですが、実際ベンチにいるとなかなか動けないものです」

 負ければ終わりのトーナメントでは、一番力のある投手を引っ張りたくなる。智弁和歌山と健大高崎は早い段階から次の投手を投入し、試合が大きく動く前に手を打っていた。

「これは経験があるからできることで、あらかじめこうなったら交代するという決め事もあるのかもしれません。選手もそれに合わせて動いているように見えました。負けたら終わりのトーナメントはどうしてもエースに頼りたくなるのですが、暑さを考えても3人以上の投手を揃えておかないと勝ち抜けない時代になったのだと思います」

 投手を何人ベンチに入れるかだけでなく、実戦でどう使い分けるか。さらに、捕手がそれぞれの持ち味をどう引き出すか。酷暑の甲子園では、選手層の厚さを実際の戦力へ変えるベンチワークが大きな意味を持つ。

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