別居婚を続けていたら、深夜0時に妻のマンションから上司が出てきた…「僕はピエロだな」屈辱の40歳夫がとった行動
【前後編の後編/前編を読む】僕らを捨てて若い秘書と逃避行した母が、フラれてあっさり戻って来た…それでも父は「ここにいればいい」 「女性の不気味さ」を知った40歳夫が選んだ“交際ゼロ日婚”
山片浩樹さん(40歳・仮名=以下同)は、妻の「重大な秘密」を知って以来、心に重いものを抱えているという。姉と両親の4人家族で育ったが、両親は浩樹さんの大学進学を機に離婚。母は経営していた塾を手放し、秘書と逃避行したものの、1年ほどで戻ってきた。そんな母を受け入れた父だったが、浩樹さんが大学生のときに急死してしまう。未婚のまま母親になっていた姉も含め、「女性のわけわからなさ」を感じたという浩樹さん。就職すると、2年先輩の里緒さんに惹かれ、交際ゼロ日での別居婚をスタートさせた。
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【前編を読む】僕らを捨てて若い秘書と逃避行した母が、フラれてあっさり戻って来た…それでも父は「ここにいればいい」 「女性の不気味さ」を知った40歳夫が選んだ“交際ゼロ日婚”
浩樹さんは30歳、里緒さんは32歳。周りが言うように、ふたりとも大人である。結婚当時、浩樹さんは「友だち以上恋人未満」の別の相手がいた。ときどきデートはするもののまったく関係が進展しない。いや、進展させる気がなかったのかもしれないと彼は振り返る。
「つきあっているという認識はなかった。結婚後、その彼女から連絡が来たとき、『実は結婚したんだ、交際ゼロ日で』と言ったら、『あら、そうなの。おめでとう』で終わりでした。僕のほうはそんな感じと言ったら、里緒は『私はもともとフリーだから』って。タイミングがよかったんだなと思っていました」
結婚していてもいつも一緒にいる必要はない、ひとりの時間も必要だというのが里緒さんの考え方で、浩樹さんも同意していた。「今日はひとりでいるわ。明日は私が行くね」と里緒さんから夕方、メッセージがあれば彼は学生時代の友だちに会ったり、あるいは自宅でひとり音楽を聴いていたりした。連絡せずに急に訪ねることは、お互いにしないという暗黙の了解があった。
妊娠しても「誰かと一緒に暮らすのが怖い」
3年後、浩樹さんが異動になった。やはり別の部署のほうが仕事はやりやすいと彼自身が判断し、希望を出したのだ。
「同じチームにいるときはプライベートであまり仕事の話をしなかったんですが、違う部署になったら仕事の話をよくするようになりました。僕がいる部署との関連も強いので、むしろ会社全体の仕組みがよくわかってやりやすかったですね」
里緒さんが38歳のときに妊娠がわかった。たまたま浩樹さんの賃貸マンションが更新時期だったので「どうする?」と聞くと「私はこのままのほうがいい」と言われた。同居を拒まれているのではないかとチラッと感じたが、里緒さんは「誰かと一緒に暮らすのが怖いのよ」と言った。
「その気持ちは少しわかりました。僕も里緒も大学進学と同時にひとりで暮らし始めて、もうひとりの生活に慣れている。結婚後、彼女が僕のところに来ることが多かったんですが、僕がたまに彼女の部屋に行くと、ものすごくきれいすぎて落ち着かない。潔癖症とまではいかないけど、相当なきれい好き。そのあたりもふたりが同居に踏み切れなかった原因かもしれません」
高齢での妊娠だったが、里緒さんは特につわりもひどくなく、元気そのものだった。出産ぎりぎりまで仕事をし、産休に入って1週間ほどで出産。まるまるとしたかわいい女の子だった。里緒さんは仕事さながら、産後の計画もきちんとたてていた。実母と友人たちに手伝いを頼み、シフトも組んでいた。
「そこに僕は入ってなかったんですよ。『あなたは私と共同体だから』と言っていましたが、なんとなく寂しさは感じましたね。完全に自立して隙のない女性なんだなと。もちろん頼られすぎると、こっちも負荷がかかりすぎるけど、もうちょっと弱みを見せてくれてもいいのになとは思った」
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