「一体何様だ」批判沸騰の高野連「過去にはセクハラ隠蔽も」 朝日・毎日との「密着」から脱却する時期だ
高校球児たちのプレイには感動するが、背景に大人たち、とりわけ共催の新聞社である朝日、毎日の思惑が透けて見えるのが嫌だ――そんな感想を口にする人は昔から存在している。
あらゆることの「背景」がすぐに可視化される現代において、こうしたメディアと高野連との関係性も変るべきではないか。そう指摘するのは『高野連』の著者でスポーツライターの広尾晃氏だ。
18日の準々決勝後の監督に対する高野連関係者の振る舞いがネット上で厳しい批判を浴びて「高野連は何様だ」がトレンドワードとなったのは前編でお伝えした通り。
しかしこうした声もネットが無い時代は可視化されることはなかった。多くの主要メディアとの間には、一種の癒着に近い関係性があったからだ。
しかし、過去には、密接な関係にある新聞の記者との間にセクハラ問題が起きたこともあるという。
メディアとの関係において何が問題で、どこを変えるべきか。広尾氏の提言を見てみよう(以下、『高野連』をもとに再構成しました)。
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密着取材とセクハラ
甲子園出場校がバスで学校を出発する際には、春は毎日新聞、夏は朝日新聞の地元支局の若い記者がバスに同乗するのが慣例になっている。記者は同じ宿舎に泊まり、文字通り選手と寝食を共にして「密着取材」をする。
高校野球の遠征や合宿では、学校を離れて気持ちが大きくなった選手の喫煙や飲酒などの問題行為が頻発する。しかしこうした「密着記者」がこれを報道することはほとんどない。それどころか、記者自身が監督や選手からセクハラ行為を受けることさえある。
2008年5月、週刊文春は、常葉菊川高の監督や選手が密着取材をしていた毎日、朝日の女性記者にわいせつな言動を行い、被害者の一人はうつ病を発症し、休職に追い込まれた、と報じた。日本高野連は調査に乗り出したが、被害者であるはずの朝日、毎日両新聞社は沈黙を守った。朝日、毎日両新聞社は、春夏の甲子園の「共催者」であり、大会を穏便に執り行いたいと言うバイアスが働くため、不祥事を見かけても報じないことが多いのだ。これは「メディアの自殺行為」だと言ってよいだろう。現在では、選手の宿舎での取材には細かな規定が設けられているが、実質的には新聞社の密着は今も行われている。
「おまゆう?」を恐れる朝日、毎日
高校野球だけではなく、プロ野球、社会人野球、さらには他のスポーツも含め、日本では新聞やテレビメディアがスポーツ大会を主催、運営することが多い。こうしたメディアは「自分たちがスポーツを発展させてきた」と自負するところが大きいが、その反面、客観報道に徹するべき新聞、テレビが、スポーツを主催すると言う歪んだ図式が、スポーツ、メディアの健全な発展を阻害してきた部分は大きい。
新聞、テレビメディアは「運動記者クラブ」を作ってスポーツ団体と優越的な関係を持っているが、それは往々にして癒着につながる。その間隙を縫って「非記者クラブメディア」である文藝春秋や新潮社などの雑誌メディアがスポーツ界のスキャンダルを暴き立てるという図式ができている。
「球数制限」「選手の健康問題」など高校野球をめぐる改革についても、朝日新聞や毎日新聞がオピニオンリーダーになることはなかった。「投手の酷使」を美談仕立てで報じてきたのは、ほかならぬ朝日、毎日であって、それに対する批判的な記事を書けば「おまゆう?」と世間から反撃を食らうことが明らかだったからだ。
朝日新聞、毎日新聞の記者は春夏甲子園の草創以来、「公式記録員」を務めてきた。MLBの公式記録を1世紀以上、新聞記者が担ったのと同様、新聞記者が高校野球の運営の裏方として大きな役割を果たしたのは事実だ。スポーツ担当記者は、高校野球に鍛えられたという側面も持つ。しかし今後は、これも日本高野連に委ねるべきだろう。
日本野球の発展は「新聞」の関与なくしては語れない。朝日新聞、毎日新聞が「中等学校野球大会」を始めたことで、野球は全国に普及した。毎日新聞は社会人野球の「都市対抗野球大会」も始めた。読売新聞は「職業野球=プロ野球」を創始した。
日本の野球は新聞という情報インフラを介して日本社会に拡がり「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」になった。野球規則の制定や、野球記録の整備も、新聞記者が関与した。しかし、新聞は今や「部数減少」の一途をたどっている。紙媒体としての新聞は、いずれ消滅する可能性が高い。甲子園での大会を主催することが「新聞拡販」に貢献したのはもはや「昔話」だ。功績は非常に大きいが、特に高校野球の分野では、朝日、毎日が興行に関与する意味合いはなくなりつつあるのではないか。
日本高野連は、メディア発表をいまだに「運動記者クラブ」の会員社のみに行っている。筆者は呼ばれたことがないし、雑誌メディアもネットメディアも対象外だ。しかし「発表されたことを右から左に流すだけ」の「運動記者クラブメディア」は、こと高校野球に関しては「報道機関」としての機能をほとんど果たしていない。むしろ、高野連から呼ばれることがない「高校野球ドットコム」などのサイトが、詳細な情報発信機能を担っている。
日本高野連は、こうした現実を踏まえメディア戦略を再構築すべきだろう。
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メディア対応に関する指摘は前編(「地方の高野連には未だにメール非対応のところも」 球児のためには「IT音痴」から脱却せよ)で触れた、ネット社会への対応の遅れとも重なる部分が大きい。閉ざされた集団、村社会では問題が隠され、改革や改善が進まず、不祥事の温床となる――とは新聞の社説などでもよく見る理屈。より開かれた存在となることが望ましいのかもしれない。










