「『権威』だけでは読まれない」メディアへの信頼なき時代の“活路”とは 英FTジリアン・テットの問いかけ

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 紙媒体の部数落ち込みに、広告単価の低下──。メディアを取り巻く環境は厳しさを増すばかりだ。さらに、SNSの隆盛とともにメディア自体への信頼も、世界的に疑問視されている。こうした時代に、各媒体・記者はどう対応すべきなのか。英フィナンシャル・タイムズの東京支局長やアメリカ版編集長などを歴任し、著書『サイロ・エフェクト』(文春文庫)や『セイビング・ザ・サン』(日本経済新聞社)で、人類学的見地から日本のマクロ経済や企業経営への鋭い洞察を残してきたジリアン・テット氏に聞いた。(湯浅大輝/フリージャーナリスト)

純粋なジャーナリズムは「稼げない」

 そもそも、近代の歴史を紐解けば、純粋なジャーナリズムだけで商業的な採算が取れた時代はほとんどありませんでした。ジャーナリズムは、他の何かの支えがあってはじめて、存続し得たのです。

 例えば、一党独裁政権で政府が直接メディアを持つことがあります。あるいは、受信料で運営される公共メディアがあります。他にも、大金持ちの篤志家にパトロンになってもらっている媒体もあるでしょう。

 一見、商業的に見えるメディアも、ジャーナリズムだけで経営が成り立っている企業は非常に少ないのが現実です。

 例えば、ブルームバーグの場合、彼らの主な売り上げは月額制の専門情報端末からきています。私が所属するフィナンシャル・タイムズも、ラグジュアリーブランドの広告と「How To Spend It」という富裕層をターゲットにした記事に由来する収入が、ビジネスを助けています。

 このように、営利企業が純粋なジャーナリズムだけで稼ぐというのは、とても難しいことなのです。

 ジャーナリズムが持つ純粋な収益機能が弱い以上、ありとあらゆる形態の媒体が存在する方が、民主主義社会としては健全です。というのは、太い広告主を頼りにするメディアにも、オンラインで無料記事を量産して運用型広告収入を得る媒体にも、政治と距離が近いメディアにも、それぞれ欠点が存在するからです。

 広告主に依存するメディアの欠点は、当の広告主に対して批判的なことを書きにくいこと。無料記事量産型媒体は、グーグルやメタなどの巨大テック企業に広告事業を奪われていて、薄利なこと。政治と距離が近いメディアは、党派性が強くなること。

 言論の自由が担保されている社会には右派と左派、両方の意見が存在することが重要なのと同じように、収益のあり方が別々のメディアが存在する方が、互いの欠点を補えますし、市民の情報源も多様になります。よって、色々な形態のメディアが存在することが今日では非常に重要になっている、と言えるでしょう。

「アイスクリームばかりでは健康にならない」

 では、「現代のメディアを取り巻く環境は読者にとって最適じゃないか」と思うかもしれません。実際に、媒体もコンテンツも数多くありますから。ところが、人類学的見地から見ると、人間が情報を得る「方法」そのものが、現代的情報空間の最大の問題になっています。

 つまり、現代では情報の取捨選択が異常に難しくなっているのが最大の課題だと私は考えます。コンテンツが増えれば増えるほど、読者はどの情報を信用すべきか迷いますし、SNSやポータルサイトで情報を得る時代において、自らの関心だけに強く引っ張られていくのです。

 SNSのアルゴリズム・パーソナライゼーション技術(一人ひとりの興味関心や行動履歴、属性などに基づいて提供する情報を最適化する仕組み)もこの傾向に拍車をかけています。「この情報源を参考にしている人たちは、私の仲間だ」というふうな、単視眼的で部族主義とも形容できる態度が広がっています。メディアも非常に熱狂的なお客さんに対してアピールすべく、情報発信の仕方も扇動的なものになるケースが少なくありません。

 子どもがいくらアイスクリームが好きでも、そればかり食べていては健康にならないのと同じで、時には両極の見解にも耳を傾けないと、人間は視野狭窄に陥ってしまいます。
 私自身、極右と極左の主張を両方読むことを心がけています。この努力は感情的には非常に難しいのですが、真相に辿り着こうと思えば、こうした知的態度をとり続ける他ありません。

“権威”がモノを言う「垂直的信頼」から、「水平的信頼」の時代へ

 このようなことを考えていると、現代のメディアでは「垂直的信頼」が息も絶え絶えになっている、という事実が明らかになってきます。

 信頼には垂直的なものと、水平的なものがあります。前者は「権威」が信頼を決定づけます。有名な媒体や専門家が発信する情報こそが、信頼を担保するものであり、読者はこれを無条件に重く見るという形態を指します。垂直的な信頼は、過去100年間、人類を支配していたと思います。

 ところが、SNSが情報空間を制覇した現代では、「水平的信頼」が読者にとって重要になりました。水平的な信頼とは、自分の周りの人たちやSNSでフォローしている人などがその情報源を「信頼すると言うか否か」が重要な判断軸になっている状態を指します。この世界では、「(情報発信源の)彼はジャーナリストである。よってその情報は信頼できる」というふうには考えないのです。

 グーグル傘下のシンクタンクである「ジグソー(Jigsaw)」は人類学者とともに、Z世代がどのように情報を消費しているか調査しました。Z世代より上の世代が、まず見出しを読んで、そこから記事を読んでいたのに対して、Z世代は見出しを読んだ上で、記事にあるコメントをチェックし、その後ではじめて記事を読むかどうか決める、というパターンを示したのです。

〈「水平的信頼」の詳細、またそのような時代にメディアが目指すべき姿、読者との向き合い方などについて、新潮QUEで詳述している〉

湯浅大輝(ゆあさ だいき)
フリージャーナリスト。同志社大学在学中に米アリゾナ州立大学へ交換留学。卒業後、記者としてのキャリアを開始し、経済メディア、小売専門誌を経て独立。教育、小売、海外スタートアップ、国際情勢、インフラなど多様なテーマを取材・執筆している。過去携わった書籍に『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)、主な特集記事に「出生数75.8万人の衝撃」「奈良のシカ」(ともにJBpress)、「リニア 20世紀最後の巨大プロジェクト」(NewsPicks)、「精肉MDの新常識」(ダイヤモンド・チェーンストア誌)など。

デイリー新潮編集部

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