職員も「見たことがない」 一般公開10年「迎賓館」建設に使われた鉄道レール 鉄道と接遇施設の知られざる関係
東京都港区に所在する迎賓館赤坂離宮(迎賓館)は、長い間非公開で、限られた期間でなければ一般人が立ち入ることはできなかった。ところが2016年、政府は迎賓館の一部エリアを通年一般公開。背景には、2012年に第2次安倍政権が成長戦略のひとつとして「観光立国」を掲げたことがある。
【写真】職員も見たことがない鉄道レールが眠る「迎賓館」 新たに公開された「東の間」 豪華絢爛な館内と和風別館
その流れを汲み、菅義偉官房長官(当時)が迎賓館の一般公開を推進し、それ以降はガイドツアーやプロジェクションマッピング、前庭にキッチンカーを出店するといった観光地化の試みを模索している。
2024年4月に開館50周年を迎えると、特別事業を1年間にわたって実施。さらに、今年は通年一般公開10年の節目にあたることもあり、2016年以降も非公開とされてきたエリアをプレミアム参観として公開する取り組みを、7月2日からスタートさせた。プレミアム参観の対象エリアは「東の間」「東西玄関」「前庭を望む廊下」で、生誕140周年を迎えた藤田嗣治の絵画4点(東西玄関)も同時に鑑賞できる。
迎賓館の本館は1909年に東宮御所として竣工した。当時は国内にも少しずつ洋館が増えていた時期だが、西洋の宮殿を彷彿とさせる意匠になったのは、設計者の片山東熊が工部大学校(現・東京大学工学部)で学んだことが大きい。工部大学校にはイギリスから来日したお雇い外国人のジョサイア・コンドルが教壇に立ち、数々の後進を育てた。
コンドルの弟子には、東京駅の赤レンガ駅舎を設計した辰野金吾もいる。そのほかコンドルの弟子は数え切れず、その門下生が後の日本建築界を大きくリードしていく。
片山もコンドル門下生を代表する一人で、明治期に建設された迎賓館は時代が変遷しても優美な姿は色褪せない。ただ、どんなに美しい建築物でも老朽化には抗えない。昭和期に入って、迎賓館はあちこちで老朽化が目立ち、1968年からは建築家の村野藤吾によって昭和の大改修が進められていった。
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