100メートル先にクマを発見…旭山動物園の統括園長は、その時どうしたか 『クマ撃ちの女』作者と語る「共生」を叫ぶ前にすべきこと
「共生」を叫ぶ前に、人は自分たちのことを知るべき
安島:クマは愛らしい動物でもあり、生態系にも組み込まれているから駆除ばかりするのはどうだろうという論調もあります。実際、その辺りはどうなんでしょう?
坂東:その点だとオオカミがいい例で、いなくなっても北海道の人が困ることは何もなかったんです。牛を放し飼いにできるし、開発や観光もできるし、いいことばかりで。同様にクマがいなくなっても、都合がいいことばかりだと思います。
安島:生態系が崩れたりしないのですか?
坂東:おそらく、影響ないでしょう。今、クマが果たしている生態的な役割は、たまにシカを食べるぐらいなので。人はいろいろな考えの中から自分に共鳴したものを選ぶ傾向がありますし、そうなると結局は理屈ではなく、感情の問題になります。アライグマも数が増えすぎて駆除するしかなくなったし、シカも最初はオスだけ駆除していたけど、今は増える原因となるメスを優先して駆除しようとなった。急速に被害が増えているクマに関しても、駆除の声の方が大きくなるだろうと。
安島:そう言われると、やっぱり人はわがままな生き物だと感じてしまいます。
坂東:ヒグマなんてそもそも、1万2000頭しかいない生き物ですし。むしろオオカミの方が自然にとって大きな役割を果たしていたけど、いなくなっても問題はなかった。ヨーロッパなんて絶滅に近かったオオカミを保護したら増えすぎて、また駆除の方向に舵を切らざるを得なくなっていますから。日本でも絶滅危惧種に指定していたタンチョウが増えて、今度は害の方がクローズアップされていますし。なのになぜ守るのかと言われたら、もう理屈ではなく感情の問題で、その生き物と一緒に生きたいと思うかどうかになるのです。私個人はヒグマのいない北海道は何か違うと思いますが、一緒に生きたいと思わない人は絶滅してもいいだろうし。最終的にはその両極端になりますよ。
――正解のない問題を解いているみたいです。
坂東:そうでしょうね。『クマ撃ちの女』のチアキは最終的にどうするの?
安島:どうするのでしょうね。まだ何も決めていなくて(笑)。ただ、今の坂東さんのお話を聞くと、誰もが勝手な主張ばかりだと話もまとまらないし、やっぱり動物のことに詳しく、人との関係を真剣に考えている方にお任せするのがいいのかなと。右往左往している現状を見ると、このままだと人とクマの戦いが延々と続く気もしますけど。
坂東:ある意味、そうなると思います。社会的にやってはいけないことが増えて、どちらかと言えば人は弱くなってますから。昔みたいに捕ったネズミを水に浸けて殺せば残酷だと言われるし、クマだって苦痛を与えないように麻酔してから撃てと言われるかもしれない。駆除のハードルは高くなり、かと言ってクマの被害があるのは嫌だと言われ、矢面に立つ人はそういう矛盾を背負いながらの対応になる。
安島:やみくもに駆除の声が大きくなるのはどうかと思いますが、逆にかわいそうだと過剰反応をする人も理解できないのです。家の中に虫がいたら普通に殺すし、牛や豚の肉を食べているのに、なぜクマになるとそうなってしまうのかなと。
坂東:世界的な流れもありますよね。エビやカニを生きたまま茹でるのはどうかとか。そうやってどこまで行くのか、そのうち釣りも禁止になるのではと思ってしまいます。見方によっては、釣りなんてとても残酷ですから。あくまでも解釈の仕方で、みんな自分の中でどこか線を引いているのでしょう。その人の感覚で、許せないと思う行為はどうしても許せない。
安島:そんなこと言い始めたら、人間こそ最も環境に悪影響だとなりそうです。
坂東:実際、今は地球自体が健康でなければ、人の健康も守れないみたいな考えが持ち上がっていますからね。でも、人にとって都合のいいものを選びとるだけだと思います。人は病原体やダニみたいな自分たちに都合の悪いものはなくそうとするし、クマだってその気になれば絶滅させられる。数が減り過ぎたら今度は絶滅危惧種に指定して、守らなければとなるのでしょうけど。そういう自分勝手な生き物である人が主張する「共生」とは、果たしてどういうことなのか。人はまず、自分たち自身のことをもっと知るべきだと思います。
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