手術と治療のため米国に招かれた「原爆乙女」25人 昭和の終わりに吐露した心情「人間万事塞翁が馬」「受けたものでないと分からない苦しみ」
原爆乙女たちの昭和
昭和30年5月、広島で被爆した女性たち「原爆乙女」25人が、ニューヨークのマウント・サイナイ病院で治療と手術を受けるために海を渡った。翌年に帰国し、再び日本での生活へ。治療後の彼女たちはその後、どのような人生を送ったのか。「週刊新潮」は1989年、昭和が終わった時点で彼女たちの戦後35年を振り返った。
(全2回の第1回:以下、「週刊新潮」1989年1月26日号掲載記事を再編集しました。文中の役職、年齢等は掲載当時のものです)
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