スキーCMで大ヒットした「虹の都へ」 高野寛を“宅録青年”から“ヒット歌手”に変えた出会い
コンピューターと人の共存を音楽で実践
近年はソロライブ、そして自身の原点でもあるコンピューターを駆使した公演を続ける。
「アコースティックソロライブは25年以上続けています。きっかけは阪神大震災。ライフラインが失われると電子楽器は使えませんが、弾き語りなら電気がなくてもできると気づいたんです。少しずつレパートリーを増やし、今では、ある意味で最も自由にできるスタイルです。譜面も歌詞も見なくても20~30曲くらい頭に入っていますし。バンドでのライブがフルコースだとすれば、弾き語りは一汁一菜の定食かな? ミニマムではあるけれど過不足ない。自転車のような自由さや爽快さもありますね」
そしてコンピューターを使ったライブでは、アコースティックだけではできない部分を追い求める。
「アコースティックだと、観客が踊ったり興奮したりするような盛り上がりにはなかなか結びつきにくい。そこを補うためにコンピューターの力を借り、バンドとソロの合間の表現を模索しています。テクノロジーがものすごい速さで進化してきているので、時間さえかければいろんなことができます。AIもそうですが、コンピューターと人との共存みたいなことが言われている中で、音楽でそういうことを実践できているというのは嬉しいですね」
まだまだ高野の進化は止まらない。
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第1回【絶対プロになれないと思っていたら…「歌ってみたら?」高橋幸宏に見いだされた高野寛、デビューまでの軌跡】では、音楽そのものというより、機械好きが高じて音楽にのめり込んでいったデビュー前などについて語っている。
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