「私は、怒りで生きています」デヴィ夫人の新著、後半で文体が一変し…“自分は悪くない”があふれ出す
「気づきなさい、日本人」
大きな諸問題について次々に語るのだが、かなり主観的かつふんわりとした根拠で、具体的な解決策は提示されず。一文一文かなり短く、改行だらけ。「危惧しています」「許していいのでしょうか」「このままで本当によろしいのですか」と、ショート動画のシメみたいな問いかけで各章を結ぶ。通底するのは「気づきなさい、日本人」というメンタリティ。今や自著の中こそが、彼女にとって思い通りの自分でいられる領域展開なのだろう。哀。
著者プロフィールにも、それは見て取れた。著者名はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ。戸籍上の正式名なのか、ハッタリなのか、世間はもうどっちでもいい。ただ「私はこう呼ばれたい人間である」という事実だけがそこにある。インドネシア大統領夫人としてうんたらかんたら、政変後はヨーロッパ各地でどーたらこーたら、以後は実業家として財団を立ち上げ、メディア出演などを通じてどうのこうの。しかし近年はどうにも額面通り受け取って貰えないもんで「このままくたばってたまるか! ひとかどの人間だった証しを残してやる!」てな鬼の一念がこの本を書かせたんだろう。
後半で文体が一変
しみじみしながら読み進めると、後半にきて突然文体が変わる。自分の体験談を始めると、急に文節が長くなるのだ。フワフワ抽象的な問いかけは消え失せ、細かい話を具体的に。過去のスタッフ解雇をめぐるトラブルで、実際には裁判で負けて多額の未払い金等を払わされたわけだが、「真相はこうだった」「しかし不当な判決が下された」「労働基準法は労働者だけを守っている」「私のような経営者も守れ」と。
そう。デヴィ夫人は、自身の全トラブルについての反論がしたくてこの本を書いたのだ。まるで民を啓蒙するかのような物言いは、この後半部分の主張に説得力を持たせるため。はじめっからそこから書かんかい。
書きたい部分に突入した後の文体は、もうなりふり構わずで滋味深い。自分が裁判に負けたのは、自分ではなく法律が悪い! 法の運用を間違った国が悪い! そこに疑問を持たないお前ら国民も悪い! とにかく自分以外の皆が悪い! の連打連打。
暴行事件も動物病院も…貫かれる「自分は悪くない」
弱い動物たちを守るために政党を立ち上げた話も、いつの間にやら例の暴行事件へと移行。女性従業員が「犬肉は伝統文化」と言ったからおしぼりを投げた。壁に投げたからケガなんてするわけがない。なのに暴行事件扱いで納得いかない! ……あくまで夫人側の主観に基づく主張が延々と。政党を解散せざるを得なくなった点には全く触れず。
亡くなった愛犬をめぐって動物病院で大立ち回りした件についても、飼い犬が亡くなり病院に駆けつけると、小型犬の体には不釣り合いな太い点滴が刺さっていたと。病院側に説明を求めたら突然マネージャーに羽交い絞めにされた。それを振り払っただけで、誰もケガもしていないのに、なぜかまた暴行事件として扱われたと。
まだ公判中の件や、もう判決が出た話について、こんなに一方的な主張をまくしたてて大丈夫か。理不尽を嘆くというより、あくまでも「不当な扱いに物申す凛としたわたくし」なスタンス。すぐ裁判を起こされる点に関しても「なぜ、当事者同士で話し合う余地なく、すぐに外部の手続きへと移行してしまうのか」と首を傾げている。最後に、「私は、感情でこの話をしているのではありません」と畳みかけ、制度の在り方を国民に問うている。正しい私が不利になる、こんな間違った世の中でよいのですか? と。
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