「陛下はお三方で訪問することを望まれていますが…」天皇ご一家の震災15年ご訪問に“赤信号” 「いまだめどが立たない」
「おわびに菊の御紋が入った和三盆が」
“節目”に合わせるのであれば、年内のご訪問が待ち望まれるところである。実際に現地の人々に聞くと、
「両陛下と愛子さまがそろってお出でくだされば、地元の皆さんにとって大いに励みになります」
とは、ご一家が供花される予定だった岩手県大槌町の追悼施設「鎮魂の森」の担当者である。
「震災のあった3月、そして15年の節目にいらっしゃるとのことで町民も楽しみにしていました。延期というのは伺っていますが、宮内庁から次はいつ頃になりそうだ、といった連絡はいただいておりません」(同)
また大船渡市の魚市場では、被災者との懇談が予定されていた。市場を運営する「大船渡魚市場株式会社」の佐藤光男専務に尋ねると、
「中止が決まった日にも、町には警察官が100人以上入っていました。私は当日、両陛下と愛子さまを先導して建物にご案内し、大会議室で被災者と対面していただく段取りになっていた。立ち位置からどこを歩くかまで、すべて細かく決められていたのです」
ご訪問は夕刻が予定されており、
「魚市場なので朝が早いのですが、職員には“ご一家を拝見したい人は来てもいいよ”と言ってありました。キャンセルとなった後、宮内庁からはおわびに菊の御紋が入った和三盆が10箱ほど送られてきましたね」(同)
「あくまでお三方で」
さらに、ご訪問2日目に視察される予定だった宮城県でも、
「当ホテルでは、ご昼食を召し上がっていただくことになっていました」
そう話すのは、「石巻グランドホテル」の大槻武史支配人である。
「ちょうど前日、翌日のメニューが決まったばかりで準備に励んでいたら、取りやめになったとの連絡を頂きました。とても名誉ある機会なので、お越しになることを心待ちにしています」
また南三陸町観光協会が運営する震災伝承館「南三陸311メモリアル」の職員も、
「予定では、震災当時の佐藤仁・前町長がお三方を展望デッキへご案内し、復興した商店街や防災庁舎をご覧いただくことになっていました。町民からも『沿道でお出迎えしたい』という声が寄せられていたのです。愛子さまはお出でいただけるだけで全国から注目が集まる。うれしいことです」
としながら、
「3月のご訪問のために、遅くとも昨年暮れには県警の人たちが現場の確認などで何度も訪れていました。それほど念入りに準備にあたっていたのですが、今もって現地では、そうした動きはありません」(同)
先の関係者が言う。
「皇后さまは、今なおご体調の波がおありで、大きな行事に出席なさる際には当日のご体調をピークの状態に持っていかれるよう、数日間の“ご調整”が必要です。そのためには他のお出ましを控えることもある。こうしたローテーションを繰り返しつつ、年内に両県ご訪問の日程をはめ込むのは、極めて困難だと思われます」
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