ネットで話題になりがちな“子供がいない女性”の胸中…では“子供がいない52歳男性”はどんな思いを抱えているのか

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親に対する尊敬の念

 では実際のところ、私も含めた周囲の「無子男性」は、子を持つ親、そして自らのこの状態についてどう考えているのか。私の主観で恐縮だが、分析してみたい。

 基本的には、子がいる親に対しては尊敬の念を持っている。子育ての喜びはあるものの、子がいなかった時に当たり前に参加していた飲み会、友人との旅行、突然の釣りなどができなくなるからだ。だからこそ、我々は彼らに敬意を持っているし、お子さんを育てている親御さんに対する感謝の気持ちでいっぱいである。

 しかし、自らに子供がいないことについては、あくまで私の感覚だが、男性は女性と比べて、そこまで悲壮感はないように感じられる。私は第二次ベビーブームの中でもっとも人数が多い約209万人の同級生がいる1973年生まれだが、無子男性の知人・友人は珍しくない。こうした人々は気軽に「今から飲まない?」「今日、オレの家でワールドカップ見ないか?」と誘ってくるし、佐賀県唐津市という遠方に住む私に対し東京の男性が「来週末唐津行くけど会えますか?」なんて言ってくる。

 これに気軽にホイホイ応じることができるわけだが、お子さんがいる人からすればとんでもない話だろう。だが、我々は子どもがいないことに対して、何もショックも負い目もない。あくまでも子育てをする人を、エライな! と思っているだけである。

結局人生、最後はトレードオフ

 なので私は尊敬の念も込め、友人の息子さんが出場する野球の試合は応援に行くし、時にはお小遣いも渡すし、クワガタを欲しがれば喜んで差し上げる。旅行のお土産も、友人のお子さんのことを考えながら買う。ただ、こうした振る舞いを、「その程度で威張るな!」「自分のことだけ考えておけばいい人間に子育てを安易に考えてほしくない!」と子を持つ人は言いたくなるかもしれない。だが、お互い、自分でそのような人生を選んだのであり、そうした私の行いに対して、文句を言われる筋合いはないと私は思う。

 とはいえ、「子育てをする人はエラい」という価値観がある中では、子なしである私が一歩引き、恐縮するのが礼儀であろう。ただ、子を持つということは、絶大なる生きがいが得られることも同時に意味することも付記しておきたい。

 自分の周囲の親・祖父母を見ると、子がいる、孫がいることは、「自分の生きがいができる」という意味で素晴らしい人生の利点なんだなということがよくわかる。親については、「子供が目指す学校に行かせるよう伴走する」「我が子の部活のために役員をする。文句はあるが、我が子の達成感を見て嬉しくなる」といった事例を何度も見てきた。

 祖父母世代にしても、孫の送り迎えをすることが楽しかったり、子育てを終えた娘と一緒に温泉に行くのを楽しみにしているお婆さんもいたりする。こうした人生を彩ってくれるものを我々子ナシの男は持ちづらいのである。日々、刹那的な楽しみはあるが、ふと死ぬ前に「オレの人生、誰かに何か残せたっけ?」みたいな感想をもってしまうのでは、と今は思っている。結局人生、最後はトレードオフの関係になるのだ。であれば、「私は子供がいたから……」と嘆くことも、「私は子供がいなかったから……」と後悔することもないはずだ。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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