なぜいま? プロ野球で“スポーツ振興くじ検討”報道の意味 “予想”を排除したランダムな設定であれば“健全”なのか
スポーツを賭博で汚さないでほしい
まずは出典を明かさず、次の文章を紹介したい。『スポーツ賭博 弊害を顧みない危険な構想だ』の見出しで2022年6月9日の朝刊に掲載された記事だ。少し長いが、心して読んでいただきたい。
『スポーツを賭けの対象にした場合、多くの弊害が生じるのは必至だ。競技の健全な発展を阻害するような賭博の導入など論外である。
経済産業省が、スポーツの試合結果やプレー内容を賭けの対象とするスポーツ賭博の解禁に向けて、素案をまとめた。
IT企業などがリーグやクラブから試合のデータを購入してオッズ(倍率)を算出し、賭けの運営業者に提供する。対象は、野球やサッカー、バスケットボールなどを想定しているという。
政府は表向き「実現化の動きはない」と否定しているが、すでに経産省と企業の担当者がスポーツ賭博の合法化が進む米国を訪れ、関係者と情報交換している。
新たなファンを獲得し、スポーツ産業を活性化させる狙いだとされるが、極めて問題が多い。
まず八百長を誘発するリスクが高い点だ。欧米では、サッカーやテニスなどで八百長が疑われる試合が相次ぎ、当局が捜査に乗り出すケースもみられる。
日本のプロ野球は野球協約で、八百長や野球賭博を禁じている。日本スポーツ振興センターが運営するスポーツ振興くじ(toto)からも距離を置いてきた。
八百長行為などで複数の選手が永久失格処分を受けた過去の「黒い霧事件」などを踏まえた対応である。賭博が犯罪であることを安易に考えてはならない。
ギャンブル依存症への影響も懸念される。依存症などの疑いがある18~74歳は、2・2%に上ると推計される。プレー内容まで賭けの対象になれば、依存症の人がさらに増える恐れがある。
賭博の収益を、「地域移行」を目指す部活動改革の財源に充てる案があるという。部活は教育活動の一環であり、本来は公費で負担するのが筋だ。賭博で負けた人の資金で、部活を運営するのだとすれば不健全極まりない。
刑法は賭博を禁じている。競馬や競輪などの公営ギャンブルやtotoは、特別な法律によって例外的に認められているにすぎない。現行法の重みを無視し、短絡的にスポーツ賭博の解禁を検討すること自体、信じられない。
スポーツが見る者に感動を与えるのは、努力を重ねた選手たちが勝敗を超えて、懸命にプレーするからだろう。
好きな選手を純粋に応援する子どもと、賭博で熱くなっている大人が、試合会場で混然一体となる状況など想像したくない。スポーツを賭博で汚さないでほしい』
素晴しい見解ではないか。賭博の導入を考え直している私にはしっかりと突き刺さる文章だ。本来はこうあるべきだ。スポーツ財源にはまず公費を投入すべきだし、不足分は他の方法で獲得するのが本来だ。
上の毅然たる見解を社説で示した企業――巨人軍の親会社であり、プロ野球誕生時から歴史創生に携わってきた読売新聞は今回の件をどう考えているのか。
かつての見解はどうなってしまったのか?
野球は国民的な娯楽。その野球から国民の関心が離れかけているいま、野球界の事情だけでくじ参入を決めればますます心が離れる恐れもある。日本はスポーツベッティングとどう向き合うのか、野球界が国民的な議論喚起の先頭に立ってもいいではないか。オーナー会議の決定ありきで進むのではなく、この機会にしっかりと国民的な議論を展開してほしい。プロ野球が、あるいは読売新聞が、その旗振り役になってくれたら、日本のスポーツ・ムーブメントに新たな風が吹くだろう。
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