殴り、蹴り、逆さ吊りでマットに押し込んで3時間…1993年「山形・中1マット死」事件で賠償命令 加害少年たちの「残酷」と悪質なアリバイ工作 

国内 社会

  • ブックマーク

変わり果てた息子の姿

 有平君の父親で幼稚園を経営する昭平さん(43)は、変わり果てた息子に対面したときのことをこう語る。

「あの日は部活動のあと家に一度帰って、英語塾に行くことになっていました。ところが、7時を過ぎても帰ってこない。心配になって家内が学校に電話したところ、部活動はとっくに終わっているというのです。私は家の近所を捜しました。家に戻ると学校から電話があって、体育館の用具入れで逆さ吊りにされていると言うじゃありませんか。私は家内には何も言わずに走って学校へ行き、土足のまま体育館に入りました」

 そこで目にしたのは文字通り変わり果てた有平君だった。

顔はパンパンに腫れ、2倍くらいに…

「息子は床に寝かされ、見ると顔は痣だらけで腫れ上がっていました。細面の顔なのに、左目の上と顎のあたりがパンパンに腫れていて、2倍くらいになっていたんです。最初はこれが自分の息子だとは思えないほどでした。夢中で息子を抱き起こしてみると、まだ体に温かさが残ってはいました。ですが、すでに息はなく、死んでいることが分かりました。一目見て、これはただの事故ではない、何か常識的でないひどい犯罪が行われたんだと思いました」

 アニメ好きで明るく、成績も良かった有平君。両親に対しては学校でのいじめについて一言も口にしなかったという。だが、実際には陰湿ないじめを受け続けていたのだ。

「児玉君が叩かれたり、ツバを吐きかけられたり、芸をやらされるといったことは前からあったようです。だから、体育館でいじめを見ていた生徒たちも、ああまたかと止めなかったんでしょう。有平君が殴られていたのを見たと証言する子供もいました」(地元記者の話)

 恒常的にいじめがあった末の殺人なのである。

口裏を合わせ、アリバイ工作を…

 事件のあった夜から山形県警と新庄署は教師や生徒から事情聴取を行っている。犯行当時体育館には他にも生徒がいて目撃していること、外部の犯行とは考えにくい点からすると、加害者を特定するのは容易なことと見られていた。

 しかし、意外にも捜査は手こずった。新庄署の副署長は捜査の経過をこう説明する。

「13日の晩は10人ほどから事情を聴き、皆すらすらと応じてくれて事件の輪郭はつかめたかなと思ったんです。ところが、翌日になると発言が慎重になってスムーズに行かなくなった。口裏を合わせたんですよ。7人の生徒を逮捕、補導するまでの5日間に、のべ150~160人の生徒、10数人の先生から話を聴きました。捜査員も当署のほぼ全員を投入しなければならないほど、手こずりました。事の重大さに驚いて口裏を合わせるといった行動を取ったのだと思いますが、悪質ですよ。アリバイ工作はする、否認する者もいるので強制捜査に切り替えざるを得なかったわけです」

次ページ:電話にしがみついて…

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。