「殺されたに違いない」「刑事とケンカもした」…国鉄総裁が轢死体となった「下山事件」 失踪現場で降ろした「専属運転手」21年目の告白【昭和の未解決事件】

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自殺するなら1日早い

「それで、あの日も三越前に車を停めると、先生は車がまだ完全に停まり切らないのにもう降りちゃった。そして、三越の入口のところまで行くと、急いで引き返して来て、“ちょっとだから待っててくれ”といわれた。大事な用をすませて、すぐ帰って来るという感じで、そのまま1人でどこかへ行ってしまうという感じじゃなかったんですよ。

 私は下山先生はゼッタイに自殺なんかじゃないと思っています。毎日接していて、そんな感じはまったくなかった。落着きはなかったですよ。当時、下山先生は役所にいないほうが多くて、外からあちらこちらに電話で連絡をとっていた。それで、気になることがいろいろあったかもしれない。“下山を殺せ”なんてビラも当時、町の電柱にベタベタはられていましたしね。

 それに、自殺するなら1日早いと思いますね。事件の日、名古屋にいた息子さんが上京して来ることになっていたんですよ。死ぬのなら、その息子さんに一目会ってから、となるのがふつうじゃないですか」

他殺を主張し「刑事とケンカ」

「何よりおかしいのは遺留品です。先生は夏どんなに暑くても、いつもネクタイをきちっと締めていた。そのネクタイが、(轢断)現場になかった。それから、タバコのケース――金属のパチンとフタのあくやつでしたが、これもない。ウルシで作ったパイプもない。これは事件のちょっと前に買ったもので、私にも見せてくれたんです。ライターもなかった。

 これらのものを、先生はいつも所持していた。そういえば、メガネもありませんでしたね。かけたりはずしたりして、どこかへ置き忘れるようなことはゼッタイにない人ですよ(注:現場の捜査は実に綿密に行われた)。

 それで、私は当時から、先生は殺されたのに違いないと思っていました。それで刑事とケンカしたこともあります。“あんたが自殺だといってくれれば、事件はもう解決したようなもんだ”といわれましたけど、そんなことはこっちは全然思ってないんだからね。

 だいたい、当時、警視庁の中でも一課が自殺で二課が他殺と割れていて、合同会議なんていっても、お互いに知っていることを八分どおり隠していたようですよ。それに検事局も加わって、あっちで聞いた話をこっちでいうと知らなかったりする。しまいに、検事から“おまえ、あっちこっちでしゃべるな”とシカられましたよ」

 こんな警察のテイタラクでついに事件が迷宮入りとなってしまったんでは、下山総裁は浮かばれないと、大西さんはいいたいらしい様子でもあった。だからというのではあるまいが、毎年、7月5日が来ると、大西さんは欠かさず下山さんのお墓参りをしているそうだ。

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「私がいうのは、自殺、他殺は五分五分だなあ」――第1回【いまも検証が続く「下山事件」、大学同期の元警視総監が語った“ただならぬ挙動”とは】では、事件の前々日に目撃された下山氏の様子などを伝えている。

デイリー新潮編集部

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